夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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ひと夏の経験 2

「サッシはいつも鍵を掛けてないから」
10階建のマンションの高層階とはいえ、普段から鍵を掛けないとは、不用心ではないか。
世の中信じられない手口で空き巣をはたらく輩がいるのだ……とは言っても今さら幽霊に注意しても無意味なことだな。

俺はとりあえず状況を判断するつもりでベランダに出た。
熱帯夜の暑気を帯びた空気が肌にへばりつく。
向かいのマンションの通路には人影はなく、下の幹線道路を走る車もなかった。エアコンの室外機だけが低い唸りを上げていた。
隣との境は見慣れた石膏ボードの仕切り板で塞がれています。火事でもないのに、仕切り板を蹴り破ることは当然まずい。
誰もない、ましてや亡くなりそうな住人の部屋に俺が闖入したことはすぐに分かり、空き巣の嫌疑をかけられるのは間違いありません。
幽霊のお隣さんが許可したなんて、誰も信じませんよね。
仕切り板の上の空間は室外機が邪魔をしています。
「ここからは無理ですね」
俺は肩をすくめお手上げのポーズをとった。

「ですからススッと手すりを伝わって……」
「ススッって、あなた、ここ何階だか、7階だよ、ナナカイ!」
「怒鳴らなくてもいいでしょ、自分の部屋ですから知っていますよ。大きな声をだしたら、よその人が起きちゃうでしょう」
「……ごめん」
「でもよ、あなたは幽霊だからススッと行けるだろうけど、こっちは生身の人間ですよ。
足でも滑らせたら、それこそあなたと同じになっちゃうでしょうが」
「だめでしょうか?」
「嫌です」
「祟るよ」


唇を尖らせ顎に手をやり考え込む俺にすがる幽霊。初対面なのにずいぶん馴れ馴れしい態度だが、腕を握られている感触は全くない。
幽霊の言うとおり、残る方法は手すりの外側から入るしかなさそうだ。
手すりから身を乗り出すと、幸か不幸かつま先立ちできる狭い足場がある。
その時、真下の歩道を横切る黒い物体に目がいく。黒猫だ。不吉な予感……。
頭上の気配を感じたのか、立ち止まりマンションを見上げる黒猫の黄色い瞳が俺を見詰める。
シッシ、あっちに行け!

隣のベランダの手すりとの間にタイル壁の幅が目測で1メートル。思いきり腕を伸ばせば隣の手すりに届くか微妙な距離だ。
両手をすり合わせ懇願する幽霊。
仕事柄、病院の待合室で嘆き悲しむ患者の家族を何度も目の当たりにしている俺は、厄介なことに巻き込まれてしまった後悔と病魔に突然襲われた不幸な男への同情が交差する。
しかし、なにより祟りが怖い。

部屋のドアの鍵を外したことを確認した俺は、ベランダで準備運動しながら頭の中でシュミレーションした。
両手の脂汗をタオルで拭いベランダの手すりを握る。誰かが、下着姿の俺の不審な行動に気が付き、警察に通報されないことを祈り、頬を叩き気合を入れた。
内村航平を気どる。
まず右ひざを手すりに乗せ慎重に跨ぐ。ここでバランスを崩したら、幽霊と仲良く手を取り彼の世行決定だ。
下は絶対に見ないことに決めていた。おいでおいでと手招きする黒猫と視線を合わせたくない。
右足のつま先で足場を探る。素足にコンクリートのざらっとした感触。着地させたつま先で身体を支え、慎重に左足を外側に出す。
第一段階完了。
つま先立ちし、手すりを抱えるようにして境まで一歩ずつ横に移動する。
第二段階完了。

左手で手すりを握り締め、右手の五本の指をタイルに擦り這わせ隣の手すりまで伸ばす。
もう少し、もうちょっと……よし、どうにか手すりを掴むことはできたが、もう後戻りはできない。
やるしかない。
股を大きく開き、精一杯伸ばしたつま先で隣の足場を探る。親指に足場の感触が伝わる。
手すりを握った右手に思いっきり握力を込める。あとは重心を右側に移動させ、左手を離すと同時に左つま先を足場に着地させればいい。
幽霊はすでに自分の部屋のベランダで両手を握り締め、ガンバレ、ガンバレと声援を送っている。
腕が痺れてきた。もう考えている暇はない。スパイダーマンになりきった俺は、カウントした。

スリー・ツー・ワン・ゴ―!

ウァ~~~!!

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ひと夏の経験 1

今年の夏は異常な豪雨で、各地で災害が相次いでいますが、空梅雨だった東京はうだるような猛暑が続いています。
昨年の夏はどうだったか思い返してみましたが、社会人一年目の俺は仕事に忙殺され、曖昧な記憶しか残っていません。
それでもちょうど一年前の夏、自分の身に起きたことは忘れることはありません。
奇怪な経験は生涯忘れることはないでしょう。


昨年の春、ある医療機具の商社に入社した俺は、資料の詰まった分厚いビジネスバッグを提げ、ベテラン先輩と二人三脚で得意先の病院へ営業に通いはじめました。
顧客のドクターにもいろいろな方がいて、こちらが恐縮するほど腰の低いドクターがいるかと思えば、上から目線で威張り散らすドクターもいます。
ドクターの一言で購入が決まることがほとんどですから、対応には神経を非常に使います。
ストレスと疲れが溜まっていましたが、入社して半年も満たない若造が弱音を吐くわけにはいきません。

盛夏を迎えたこの時期、ドクターはどなたも仕事柄、夏季休暇を交代で取り、面会のスケジュールを組むのに苦労します。
どうにか面会の約束をとりつけても、思わぬ急患にぶつかり何時間も待たされた挙句、キャンセルされたこともあります。
そのたびに腹を立てていたのでは営業職は務まらないことは分かっていましたが、なかなか学生気分の抜けない俺には、無駄な骨折りに思えてなりませんでした。

その日も夜遅く、徒労に終わった営業に、重い身体を引きずるようにして笹塚のワンルームマンションに帰宅した俺は、スーツを脱ぎ捨てベッドに倒れ込んだ瞬間、瞼が落ちました。
どのくらい経ったのでしょうか。エアコンの冷風が止まり、寝苦しさに薄目を開けると、ぼやけた視界の隅に異様なものが見えたような気がしました。
全身が強張りました。
――足?
真っ白な素足が二本並んでいます。男の足だとすぐに分かりました。
「泥棒?」
俺は咄嗟に武器にもならない枕を鷲掴み、跳ね起きました。足を見上げると部屋の隅に男がひとり、俺を見下ろしています。
Tシャツにジーンズ姿で俺と同年代の青年です。
一体どこから入ってきたのか……ドアに鍵を掛けたことは間違いありません。

「だ、だれ?」
恐怖で声が引きつります。
「……」
返事はありません。
見間違えではないのなら、身体が半分透き通っています。
「誰?――まさか幽霊?」
ドラマの台詞と思いつつ、聞かざるをえません。幽霊の知識はありませんが、本物だったら返事などしないだろうと思いました。
「そうだよ。見えるの?」
男はゆっくりと頷き返したのです。

――いまなんて言った?そうだよ?そうだよ、見えるのかって?
幽霊を見たのは初めてですが、幽霊話はいろいろ知っています。でも「そうだよ」と返事を返す幽霊がいるとは……。
俺はただ呆然と半分透き通っている男を見詰めます。男は悄然と立ち、顔は確かに幽霊だけあって、無念そうに見えますが、よく見ると怖いというよりは、何だかおどおどした情けない顔つきです。
俺は怯むことなく幽霊を睨みつけました。
「睨むことないのに……」
はぁ?
怒りで恐怖心が吹き飛びました。
「残業で疲れているのに、夜中に起こされた身にもなってみろ」
「ごめんなさい。起こして悪かったです。でもどうしても助けて欲しい」
素直に謝った幽霊は、こともあろうに俺に要求してきました。
「助けろだと?」
「一生のお願い……一生と言ってももうないけど」
「左隣のオヤジには見えなくて、右隣のあなたの部屋に入ったけど、本当に見える?」
「見えますけど、隣って、まさか、あなたお隣さんですか?」
「よかった、よかったよ」
幽霊はほっとしたように表情をくずしました。


幽霊の正体は分かりました。幽霊がお隣さんと分かれば無下にすることはできません。
遠い親戚より近くの他人と言うではありませんか、生前どこかで顔を合わせ、世話になっているかもしれません。
「どうして幽霊に?」
馬鹿げた問だと思いながらも聞かずにはいられません。
「お弁当買いに行く途中、ものすっごく頭が痛くなって、意識が無くなったみたい。ここ一週間、体調が良くなかったんだけど、まさか、くも膜下出血だったとは思わなかった」
「救急車で新宿の病院に運ばれて、緊急手術を受けても意識が戻らないようで……」
「ということは、正確にはまだお亡くなりになっていない?」
「厳密にはそうかもしれないけど……」
「それなのに幽霊になって、俺の部屋に来たとは。よく聞くではありませんか、現世に未練があって亡くなった人が幽霊になると。
あなたもやっぱり?」
「ええ、私の場合、未練というか後始末がどうしても気になって、死に切れなくて。必死で病院から抜け出してきました」
幽霊の必死もないものである。

「幽霊になってまで頼みってどうゆうことですか?ことの次第によってはお断りしますが」
「実は部屋を片づけてほしいのです。幽霊になってはじめて気付いたのですが、物が動かせなくて」
一緒に死んでくれと頼まれなかったことに安堵した俺は、部屋の片づけぐらいなら頼みを聞いてやってもいいかなと思いました。
下手に断って後々まで祟られたら困ります。
なにせ相手は幽霊ですから。

「分かりました。それでいつまでに?」
「今すぐ」
「えっ、今すぐ?」
「はい。すぐに戻るつもりで、倒れたときの所持品は部屋の鍵と小銭入れだけで、私は身元不明者になっています。
幸運にもスマホは充電切れで、部屋に置いてあります」
幽霊の口ぶりは、すぐに自分の身元が分からないことを望んでいるようだった。
「病院には警察官も来ていましたから、無断欠勤が続けば、いずれ身元は判明するでしょ、その前にあなたに片づけてもらいたいと」
幽霊とはいえ相手がお隣さんだけに安請け合いをしてしまったが、とんでもない犯罪に巻き込まれてはかなわない、不安がよぎった。
「ご心配なく、犯罪にかかわるようなものは何もありません。あなたを騙すようなことはしませんから」
さすがに幽霊、俺の不安を読み取っていた。

しょうがないと舌打ちし、サンダルを突っかけ隣に向かおうとする俺の背後で、幽霊の申し訳なさそうな声に振り向いた。
「あの……」
「なんでしょう?」
「私の部屋のドアは鍵が掛かっいて入れません。鍵は病院です」
「病院まで取りに行けと?」
「とんでもない、そんなことしたら身元がバレてしまいます」
「それじゃ、どうやって入れと?」
「あっちから」
幽霊はベランダを指さしました。


つづく。


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ゴジラ病

誰にも記憶があると思うが、小学生の頃の一日は長いものだった。学校が昼で終わる日などは、
夕方までたっぷりと時間がある。両親が離婚してからは、看護婦の母は昼も夜も家にいないことが普通だった。
一人っ子の鍵っ子だったこともあり、一人遊びのほうが気楽で落ち着けた。
一人で留守番をする私を不憫がる母は、近所にあるレンタルビデオ屋に私を連れて行き、
ビデオを好きなだけ借りてくれた。
はじめはアニメのビデオを借りていたがそれも飽き、特撮物に興味が移った私は怪獣物がお気に入りになっていった。
一番のお気に入りはゴジラ。それもモノクロの初期の作品だった。

カラー映画が当たり前の世代の私に、モノクロの映像が新鮮だったこともあったが、その後シリーズ化された
怪獣同志の対決物に比べ子供心にもリアリティーが感じられ、私には恐怖感もひとしおだった。
家もビルも電車も何もかも無差別に東京の街を破壊する巨大怪獣ゴジラ。逃げ回る人々の恐怖に怯える顔。
当時小学六年生になりたての私には、今夜にでも起こり得る出来事のように思えていた。
夜勤で母が一晩中家にいない時などは、外で大きな物音がすると「ゴジラが来た!」と飛び起き、
カーテンの隙間から外を覗き、普段と変わらない静かな夜の街に安心して胸を撫で下ろしていた。

当然のことだが、夢の中にもゴジラが現れるようになった。
ゴジラの上陸に夜の街を走り逃げる私。ゴジラは何故か私だけを執拗に追いかける。
逃げても逃げても追いつかれ、恐怖の地響きで心臓が破裂しそうになる。
逃げ込んだ家の中で布団を頭から被り息を殺す。しばらくすると地響きが止み、夜の静寂を取り戻した街に安堵し、
布団からそっと顔を出した私の目に飛び込んだのは、全開した窓から部屋の中を覗き込むゴジラの濁った眼だった。

ゴジラと視線が合った途端、あまりの恐怖で声も出ず、金縛りにあった私は硬直した身体をゴジラに捕まえられたとたん、
経験したことのない烈しい蠕動と切ない快感が全身を貫き、目を覚ました。
真っ暗な部屋の中で覚醒した私は涙ぐみ、股間のぬるっとした感覚に、おねしょをしてしまったと急いで布団を剥ぎ、
パジャマを下ろした。おしっこを我慢した時のように固くなったおちんちんが粘液で濡れていた。

その晩から月に何度もゴジラとの濃密な夢想が押し寄せ、恐怖と快感で全身を硬直させていた。
中学生になった私は、体感したことは夢精であることを理解したが、自慰行為を覚えてからも、
ゴジラとの夢の中での関係に勝ることはなかった。
それどころか、ゴジラに捕まった私の身体が、好きなアイドルの少女に入れ替わったり
気になる同級生の女子になったりすることもあり、私の思春期は自分自身でも制御不能なゴジラとの関係が
深まるることになっていった。
そして、私の悩みを「ゴジラ病」と名付けた男と知り合うことになるのは、人並みに受験勉強を経験し、
高校に入学した初夏の季節を思わせる五月の連休のことだった。。


ゴジラの大きなポスターが販売されていること知った私は、神保町の古本屋街に出掛けた。
ポスターを部屋の天井に貼り、布団の中から眺めるのつもりだった。
連休の神保町は本を探し求める人々で溢れ、目的の書店は大通りから一歩奥に入ったビルの二階にあった。
ガラスの扉を開けると少し黴臭い空気が鼻をくすぐった。映画関係の書籍が隙間なく詰まった書棚、
書棚に入りきらなかった雑誌が通路にまでうず高く積まれ、壁には映画のポスターが所狭しと飾られていた。
怪獣や特撮物のポスターは店の奥にコーナーが設けられていた。
ポスターは薄いプラスチックで額装され値段が張られていた。ゴジラのポスターはすぐに見っかったが、
私が欲しいモノクロのポスターは大変高価で手の出るものではなかった。
小さなブロマイド写真は有ったが全く食指が動かなかった。

ポスターの前で腕組みし何度も溜息を付く私に声を掛けてきたのが、大学生の阿久津だった。
「君もそれが目当て?」
振り向くと見知らぬ青年が立っていた。青年の人懐っこそうな笑みに気を許した私は青年の問いに答えた。
「ええ、でも高くて……」
「本当に高価だよね。それは当時の原版だからね」
「原版?」
「そう。複製だともう少し安いのだけど、ここには置いてないよ」
「君が何時までたってもポスターから離れないから、君に買われてしまうかと思ってひやひやして見ていたよ」
「これ買うのですか?」
「いや、今日は買えない。でもいつか手に入れるつもり」
「君もゴジラのコレクター?」
「まあ……」
コレクターではない私は曖昧に答えるしかなかった。
「実は大きなゴジラのポスターが欲しいのです。それもモノクロの――ゴジラの顔だけでもいいのですが……」
「顔だけ?面白いこと言うね。顔だけ欲しいマニアとはじめて会ったよ。どうお昼一緒に食べない?」


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あの頃

スタンドの明かりを消す。真っ暗になった部屋が湿気を含んだ夜に呑み込まれ、濃密な夢想が押し寄せる。

水が全身を包む。さらさらとした水ではなく、ねっとりとまとわりつくオイルのような感じだ。

裸の僕は、しきりに両腕で水を掻き、水面に出ようともがいているが、もがけばもがくほど水は圧迫を加え、僕にすき間なくまとわりついてくる。

でもその感じは嫌でなく、むしろ気持ちがいい。裸で皮膚と皮膚をくっつけ合って男に抱かれるのってこんな感じだろうか。

下半身が熱くなり指を股間に伸ばす。勃起した性器が濡れて、ぬるぬるとした感触が生まれる。

股を開き俯せになり、指をお尻の谷間に伸ばす。性器をシーツに擦り付けると全身がわななき、あっけなく射精した。

朝方、雨の音でぼんやりした頭が少しずつ目覚めた。僕は逃げていく夢の印象を手繰り寄せていた。


13歳の少年が、子供なのか大人なのか、今でも言い切ることはできない。

大人のような子供、子供のような大人だったのか……

あの頃の私は、きっと子供のような大人だったのだろうと思う。



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Twitterはじめました

今さらながら、Twitterはじめました。

140文字のミニストーリー「Bedtime story」に挑戦しています。

お暇なときにでも覗きにいらしてください。

あんくるアル

リンクの一覧からもどうぞ。


彼の笑顔は僕の心に花を咲かせ、彼の声は僕に安らぎ与え、彼の柔らかな手は僕を孤独な夜から救ってくれる手でした。

ほっそりと長い器用な指。

あの指が僕の肌を撫で、その悩ましい感触が消えることはない。いえ、消えないばかりか日増しに濃くなっていく。


些細な行き違いから逢わなくなって二か月が過ぎた。

今夜もベッドに潜り込んで目を瞑り、彼の指が触れた場所をたどってしまう。

首、胸、乳首、下腹、太腿……

彼の指を思い浮かべながら、性器に指を絡めた。

親指と中指とくすり指で一番敏感なところを包み、人差し指で突端を撫でこする。

彼の指だと触られただけで蜜を漏らし、あっという間に果ててしまうのに、いくら触っても潤むことはない。

彼の指の魔力がこんなにも僕を惑わし疼かせるとは思ってもいなかった。

彼の顔も声も指もすべてが暗闇に消えた途端、呻いた僕は両手を太腿できつく挟み、唇を噛んだ。


枕元で点滅するスマホにゆるゆると手が伸びる。表示されたまさか名前にときめく。

「もしもし」

彼の甘い声が身体の芯まで響く。

彼を求める欲求が強すぎて声が出ない。

「明日逢える?」

「――な、何時ですか」

声が乾いた喉にひきつった。


スマホを胸に抱えていた手が股間に伸び、勃起した性器に触れた。潤んでいた。

彼の腕の中でからだを丸め柔らかな指を夢想し、ゆっくりと目を閉じた。


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夜の訪問者 後編

こちらのアルバムは時が下りまして1991年撮影とございます。
恩師から独立を許され個人事務所を立ち上げた二年後です。
この間にもコレクションがございますが、それはまたの機会とご了承下さい。

このミユキさんと申す方――まあご覧いただければお分かりと思いますが、どなた様が見ても男性だとはお気付きにならないでしょう。
写真月刊誌に発表したフュージョン性の融合と題した私の作品にご興味を持った、遠方にお住いのミユキさんからポートレートの依頼のお手紙を頂きましてね……。
フュージョンは女装が今のように認知されていなかった当時、そのような趣味を持った一般の男性の方にスポットライトを当てる企画でした。
いろいろな制約がございましたが、モデル方々には既成概念や常識にとらわれず自由奔放に振舞って頂き、女装への理解にお役に立てたかと思っております。
お手紙と一緒にL版の全身写真が同封されておりました。
妙齢の女性のようないで立でしたが勿論男性で、興味が湧きスケジュールを調整しましてご上京願いました。

スタジオにお越し頂き、はじめてご本人とお会いしても男性にはとても見えませんでした。
実際お話を伺っていても物腰の柔らかな淑女のようでしたが、普段は男の形で生活していらっしゃるとのことでした。
立ち姿とビロード張りの椅子に腰かけて頂きツーポーズ撮影いたしましたが、迷いのない佇まいから放つ妖艶な輝きに撮影意欲に火が付きましてね。
ミユキさんのご了解を得て、別に何ポーズか撮影させて頂きました。
その時撮影した写真がこちらです。コレクションを意識してセピアフィルムで撮影いたしました。

お褒め頂き有難うございます。
鋲打ちした革張りのソファーにしな垂れるミユキさんは、レンズを近づけると別の表情を見せましてね、まるで私の思惑を知ったように妖しい微笑みを向けるのです。
東京にいる間に欲しいと申されましたので、急ぎラボに手配いたしまして間に合わせました。
大層気に入って頂き胸を撫で下ろしました。
無理にお願いして撮影しました写真もお渡ししましたところ、羞恥に顔を染めながらも興味を示してくださいまして、プライベートな撮影のモデルを図々しくもお願いしました。
勿論すぐにご返事を頂けないことは承知しておりましたが、もしご了解いただけるなら連絡下さるようお願いしました。
しばらくしましてミユキさんから嬉しいご返事を頂きました。
その時有頂天だった私はミユキさんの社交辞令だと気にも留めませんでしたが、電話口で「期待外れかもしれませんよ」と漏らした一言が後々深い意味を持つことねなりましてね……。
やはり貴方様はこちらの写真にご興味が惹かれるご様子で、どうぞお手に取ってご覧ください。
ご遠慮はいりません。

スタッフを入れないプライベートな撮影がミユキさんからの条件でしたので、自宅のスタジオで行いました。ミユキさんはこちらで揃えた衣裳から大人しいワンピースを選び、前回の続きよろしく撮影に入りました。
ミユキさんの緊張がほぐれたのを見計らい、少しだけ大胆なポーズを要求しました。
襟元を緩め肩に掛かる黒いブラジャーのラインを露出させ戸惑う女性の表情を、ソファーの上にすらりと伸びた脚、片脚をソファーから下ろし捲り上がった裾からはみ出たピップラインを。
自然体ながら男性を誘惑するような仕草と微笑みをレンズに向け、ミユキさんはこうゆうことに慣れているのだと確信いたしました。

休憩を兼ねて少し早い夕食に誘いましたら外食は苦手と言うことで、急遽買い物で出掛けまして……ええミユキさんと二人で。
私も若かったので新鮮な気分でした。
私の拙い料理でご勘弁してもらうつもりでしたが、ミユキさんの料理の腕前に舌を巻いた次第で。
新妻のような仕草に触発されキッチンでも撮影いたしました。
少々のアルコールも手伝い男性経験に水を向けますと、曖昧な笑みではぐらかされましたが、自分の思い描いている恋愛は難しいとのことでした。
気に入ってくださったフュージョンの未発表作品をミユキさんにご覧いただきました。
私の提案を受け入れてくれたモデルにセクシャルな撮影を行ったものです。
下着姿でエロティックなポーズから、私の趣味を押し付けたことでもありますがSM的なものまで撮影いたしました。後
日私のコレクションに加わったモデルさんもいらっしゃいます。

私の意図を察したミユキさんの撮影の続きに入りました。
ミユキさんは臆することなく大胆な下着姿を披露してくださいまして――ご覧いただいているのがその写真です。
肌蹴けた胸を覆うレースに縁取られた黒いブラジャー、パンストから透ける魅力的な黒い小さな下着。
雪国生まれのミユキさんは色白の肌を引き立たせる術を分かっているようでした――しかし……それ以上の撮影は叶いませんでした。
いえ叶わないという言葉は適切ではありませんね、撮影にならなかったということです。

なぜかと申しますと、私とミユキさんが同じだった――端的に言えばミユキさんもサディスティックな性癖の持ち主だったということです。
ミユキさんの場合も相手はマゾスティックな性癖の男性ですが、女性からではなく完璧に女装した男性、ミユキさんからの加虐に耐え性的興奮を煽られ、女王ミユキに傅く……。
私は知り得なかった同性の倒錯した深い関係もあることを知り、勉強不足を反省いたしました。
電話口でミユキさんが呟いた「期待外れかもしれませんよ」の意味もその時納得いたしました。


さて最後は今夜の貴方様のお姿を拝見して、ぜひともご覧頂きたいコレクションでございます。
一番ご興味を惹かれるかと思います。
一昨年のちょうど今頃撮影したものでございます。
マナミさんと申します。
外資系の会社にお勤めの男性で、女装をはじめた切っ掛けは激務からのストレス発散だと伺っております。どうぞご覧ください。
一目でお分かりかと思いますが、貴方様に劣らずチャーミングな容姿をした方でして、ご自分では同性愛者ではなく、女装はコスプレの一種と認識しておられたようです。

マナミさん曰く、中性的な普段着に飽き足らずスカートを求め、女性用の下着を揃え、首下女装と言うのですね、
姿見に映るご自分の姿を眺め満足していましたが、ウィッグを被り自らメイキャップするまでには時間が掛からなかったとおっしゃっていました。
今はインターネットで情報も品物も容易く手に入る時代ですから、マナミさんが女性としての完成度を上げていきたくなっても不思議なことではありませんよね。
ご自身を理想の女性に仕立て上げてみますと、身体が女性のもののように開かれていくように思えたと……。

マゾスティック――マゾ性と呼びましょう。
マゾ性を秘めたマナミさんは自ら女性化への調教、こちらの写真がそうですが、男性感情を封印するように自縛し、ペニスを模ったディルドで女性的な快感に目覚め、本来は性の対象が異性だったにもかかわらず、同性の性器で犯される快感を妄想するようになったと……。
それでも男性に抱かれることに恐怖と不安が先立ち、それならば同じ秘密を共有する女装者との関係を望んでいらっしゃったのです。
おや、目の色が変わりましたね……

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