夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎮魂歌 後編


泡沫な夢の世に、派手な酒盛りに明け暮れ、狂喜乱舞した者たちが、並のことでは飽き足らず、強い刺激を求めては、妄動に耽っていた。
老いも若きも、男も女も・・



三枝は加納と小枝子に、隠していた男色を吐露する羽目にはなったが、二人は三枝を蔑むことなく、三枝を後ろめたい気持ちにさせるようなことはなかった。
三枝は加納と同じ秘密を共有したことが嬉しかった。加納との関係が密になったことに悦びを感じていた。
そんな三枝のことを人伝に聞いてきた男たちが、三枝との倒錯行為を求め、三枝はサディスティックな男を演じていた。その一方で、当たり前のことだが、決して自分に振り向くことの無い加納に、三枝は募る苛立ちを跪く男たちにぶつけていた。

その日、その場だけの男たちとの関係は、身体の飢渇は潤ったが、心の葛藤は解かれることはなかった。三枝が手を染めてから、一度たりとも金銭が絡んだ縁はなかったが、愛情が入り込める隙間もなかった。
日増しに膨らむ無力感とマゾヒズムとサディズムの表裏一体の関係が、三枝の神経をすり減らしていった。どちらが被虐者で、どちらが加虐者なのか、誰にも相談できることではなかった。
異常なほど我侭なマゾスティックな男に、今で言うストーカー行為を受けたことも一因だったが、絶望の淵に立たされた三枝は、男たちと関係をすべて清算した。
所詮、俄かサド男だったことを悟った三枝に、追い討ちをかけるようにバブルが弾け、加納との関係もバンドの仕事も、すべて泡と消えていった。

その後、加納は音楽の仕事から足を洗ったが、幼少の時からピアノ以外に取り柄がなく、不器用な三枝は音楽の世界にしがみ付くしかなかった。
加納が店を開いたことを知ったのは、三枝が音楽事務所をたちあげ、しばらくしてからだった。音楽事務所と言えば聞えはいいが、結婚式の演奏依頼を引き受けたり、以前のバンド仲間のよしみで、写譜や編曲を手伝ったり、はたまた近所の小学生のピアノ講師を務めたり、三枝一人だけの個人事務所だった。


三枝の空けたグラスに、青年の腕が脇から伸び、グラスを取った青年の白魚のような細く長い手指に魅せられた、三枝のさもしい本能が反応し、何気ない風をよそおい青年の顔を見上げた。見るからに柔らかそうな、額に掛かる黒髪が、透き通るような白磁の肌を引き立たせ、上品な目鼻立ちを三枝に向け破顔させた。
同じ色を持つ者同士が見せる、暗黙のサインにも似た美青年の笑みは、初対面の三枝の人となりを知っているかのようだった。
青年から自分と同じ色を嗅ぎ取るとは、三枝は言葉にできない驚きをのみ込んだ。なぜこの青年が、加納の店を手伝っているのか、卑しい性が加納との関係を訝り、年甲斐もない愚かな嫉妬心が頭を擡げ、いまだに加納のことを忘れられない自分を認めざるをえなかった。
店の子を前にして、戸惑いの表情を浮かべる三枝に気付き、今更ながら三枝の苦悩を思い知らされた加納は、氷が解けたグラスを静に置き、言葉を選ぶように再会の本題を口にした。

「三枝・・葉書に書いたように、今月でこの店を畳むことにしたよ。実は二年前に、心臓で倒れて、夜の商売がきつくなった。ワイフと相談して、ワイフの実家の静岡に移ることを決めたよ」
「そうでしたか・・」
加納が倒れたことはもちろんだが、結婚していたことさえ、三枝は知らなかった。
「それでだ、その前に、どうしても三枝に謝りたくて・・」
「私に謝る?」
「ここに居る南雲君から・・」
「初めまして、南雲と言います。三枝さんのブログを拝読させてもらっています」
「私のブログを!」
予想もしていなかった成り行きに三枝は色を失った。まさか、加納が三枝を呼び出した理由は、三枝の世を忍んだブログ絡みのことだったとは思いもよらなかった。浮き足立つ三枝に、加納はうろたえ、急いで言葉を繋いだ。
「三枝、勘違いせんでくれ、頼む、話を聞いてくれ」
「この子が贔屓にしているブログに書かれていることが、以前俺から聞かされた話に似ていると教えられて。読んでみると、確かにあの頃の俺たちのことのようでもあった」
「全くの偶然だろうと、気にもしなかった。でもペンネームを見て、三枝の憧れていたピアニストの名前だと、すぐに気が付いて・・」
「俺はとんでもないことをしてしまった・・」

加納の口調は、三枝を問い詰めているものではなかった。ブログは誰が見ても、実在の人物を連想させるものはなく、何より昔話を揶揄するブログではないことを加納は理解していた。華やかだったバンド時代の回想の裏で、秘めた憧れを口に出せない、もどかしさと辛さに苛まれていた男の悲哀が綴られ、最後までサド男に徹することができなかった男の、関係した者たちへの懺悔の述懐が加納の胸を締め付けていた。





カウンターの淵で身体を支えながら、三枝の隣に崩れるように腰を下ろした加納は、あの頃に比べて、ひとまわりも小さくなったようだった。
「三枝、申し訳なかった。あの時、小枝子の口車に乗って、三枝を無理やり引き込んでしまった・・許してくれ」
「か、加納さん・・」
「何も言わない三枝のことを、俺は大きな勘違いをしていた。三枝の苦しみなど、ちっとも分かっていなかった。本当に許してくれ・・」
声を詰らせた加納の骨太の手が、俯く三枝の握り締めた手を、過ちを贖うように優しく包んだ。加納の手を霞む眼で見つめた三枝は、初めて知った加納の温もりに、心の中でつっかえたように、溜まっていた感情を揺すぶられ、唇を噛み締めた。
啜り泣きを洩らした南雲は店を飛び出して行き、加納は肩を震わせ嗚咽を堪える三枝を抱き締めた。
抱擁する加納と三枝の肉体と魂が、瞬く間に時空を超え、二人を過去に引き戻し、そして、ヴォーカリスト加納大輔は敬愛するピアニスト、三枝裕之の手に慈愛に満ちた口付けを捧げた。

それが加納との最初で最後の触れ合いになろうとは、三枝は夢にも思わなかった。




加納は静岡に移ることなく、生まれ育った立川の地で息を引き取った。店を閉じ、引越しの最中に二度目の発作を起こし、帰らぬ人となった。
身内だけの家族葬に、せめて通夜だけでもと遺族に無理を願い出て、三枝はバンド仲間の代表として南雲と列席を許された。ひとり息子の成人の祝いの日に撮った、微笑む加納の遺影は、三枝に何も語りかけてはくれなかった。今も消えることのない加納の温もりが、三枝への唯一の遺言だったと思え、溢れる涙が止まらなかった。

加納と最後の別れを済ませた三枝は、駅まで送ると言う南雲に付き添われ、斎場を後にした。柔らかく暖かい満月が、加納を涅槃の彼方へ招く道標のように、紺碧の夜空を照らしていた。
「三枝さん、僕は加納さんが好きでした・・死んだ父と同じ時代を生きていたこともあって、加納さんが父のように思えて・・優しくて、包容力が合って・・怒鳴られたこともあったけれど、それも嬉しくて・・」
「なのに軽率にも、僕が加納さんにブログを見せてしまったことが・・こんなことになってしまって・・」
「南雲君、自分を責めないで下さい。君の所為ではありません。非はすべて私にあります。私がつまらんブログをはじめたばっかりに・・」

三枝は衰えてゆく体力と気力から、長く引きずってきた加納への想いを文字に起こすことで、自ら断ち切ることを選択した。
貧弱で辛気臭い内容で、見る者はほとんどなかったが、心温かい閲覧者に恵まれ、封印していた心情を埋めていった。
遠く過ぎ去った年月は、三枝裕之という男の存在を世間から消し去るには十分だった。三枝と係った者たちに、ブログを見られても不安はなかったが、加納だけには、見てもらいたいという、淡い期待があったことは否めなかった。
神の導きか、それとも悪戯か、三枝の願いが現実になりはしたが、加納の胸をさらに患わせてしまった後悔が、三枝に重く圧し掛かっていた。
それでも、二人きりになった最後の晩、別れ際に「逢えてよかった・・」と、しみじみと呟いた加納の一言が、せめてもの救いであった。
「でも南雲君、お互いもう会うことはないだろうと思っていた加納さんと、再会するきっかけを君が作ってくれた。私は勿論だけど、加納さんも感謝していますよ。私には分かります」

加納との仲を、最悪の形で終止符を打たなければならなくなり、ブログを続ける意味を失った三枝は、ブログ最終回の閲覧者に南雲を選び、思い出を打ち明けた。
「南雲君、聞いてくれますか?」
「なんでしょうか・・」
「加納さんと飲み歩いていた頃、小枝子さんが勤めていたクラブの上に、ピアノが置いてあるバーがあってね、なんだか二人とも呑み足りなくて、明け方で閉店間際でしたけど、無理やり押しかけて。急に加納さんが歌うって言いだして、私に伴奏しろって」
「あの人言いだしたら聞かなかったから、加納さん酔っ払っていたけれど、ピアノの前に立ったら、すっと背筋が伸びて・・」
「三枝さん、加納さんは、マイウェイを歌ったんですよね?」
「えっ!どうして君が?」
ブログには絶対に書かないと決めていた、加納への想いの拠りどころとして、胸の奥深くにしまっていた出来事を知っていた南雲に驚かされ、三枝の足は止まった。
「三枝さんのブログを見せたとき、加納さん、涙を浮かべて、何もしゃべらなくなっちゃって・・加納さん、涙声で三枝さんの伴奏でマイウェイを歌ったときのことを話してくれました」
「バブルが弾けて、仕事が減って、バンドも難しくなってしまって、もしかしたら、三枝さんと歌うのは、最後かもしれないと思ったって・・」
「そうでしたか・・マイウェイ・・最高のマイウェイでした・・」
三枝は夜空を見上げ、震える声を絞り出した。
「商売柄、あれから数え切れないほどマイウェイは弾いたけど、あのときのマイウェイを越えることなんか一度も無かった。あの晩、加納さんとひとつになれたと思いました・・」
「嬉しかったです、本当に嬉しかった・・」
「加納さんも、同じこと言っていました。あれ以上のマイウェイはもうなかったって・・」
それが心優しい南雲の作り話でもよかった。加納があの晩のことを覚えていてくれたことが、三枝の心を安らかなものにしていった。


二人の後姿を追っていた、色を変えた満月が駅前のビルの高みに隠れ、昭和の仄かな燈火が平成の輝きに生まれ変わった。三枝は混雑する立川駅のコンコースで南雲に向き合った。
「南雲君、今度、遊びに来ませんか?私オーティスのレコード、一枚だけ持っています。昔、加納さんが聴いてみろって、無理やり買わされたレコードです。白状すると、最後まで一度も聴いたことないんです。ひどい男ですよね。何十年も、放っておいて・・」
「なんだか、君となら、最後まで聴けるような気がします。迷惑でなかったら連絡ください」
「三枝さん、今夜なら僕も最後まで聴ける気がします・・」
「今夜・・ですか・・」
もみじを散らすように、頬を染めた南雲の言葉に、三枝は黒いネクタイを外し、南雲もネクタイを引き抜いた。加納が導いてくれた出会いに心を通わせた二人は、同じ改札口を抜けて入った。



にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL短編小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

拍手コメントへのお礼

A様 
コメントありがとうございます。

絡みのないお話が書きたくて、チャレンジいたしましたが、
改めて文章力の足りなさを痛感いたしました。

>魂の繋がり・・・
そのことを本題として、書き進めていましたが、上手い具合に話が進まなくて。
A様の物語を拝読させていただき、ヒントをいただきました。ありがとうございます。

>南雲さんとの、新たな絆を・・・
物語をどう終わらせるか。折角、可愛い男の子を登場させたのだから、やっぱりねぇ(笑)
ハッピーエンドにしたかったし。

>胸に染み入る・・・
コメントをだけでも嬉しいのに、お褒めのお言葉まで、感謝いたします。
これからもお付き合いよろしくお願いします。






  • 2013/05/24(金) 01:23:23 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

拍手コメントへのお礼

A様
創作のヒント頂きました。ありがとうございます。
上手く物語りに仕上げられるかなぁ・・・




  • 2013/06/01(土) 22:09:51 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

My Way  

お久しぶりですぅ。

この曲は・・・
わたしの少しだけ存じ上げている、M・Kさんという方がシャンソンの一曲として日本に初めて紹介しました。
そんな懐かしいことも思い出しました。

御作品
人の半生に渡る物語の展開も渋く、そして淡いプロットの積み重ねと人のあっという間の走馬灯のような人生の時間が、わたしの胸にも迫って参ります。

  • 2013/06/13(木) 19:06:19 |
  • URL |
  • 夏川綾香 #s.5JO9oA
  • [ 編集 ]

Re: My Way  

綾香さん こんにちは
コメントありがとうございます。
こちらこそ不義理をお許しください。

>シャンソンの一曲として・・
知りませんでした。いつもながら、貴女の幅広い音楽知識に敬服いたします。
いつ頃のことだったのでしょうか、気が付けば、この曲を口ずさんでいました。
文句のつけようのない名曲です。

あの晩、加納は日本語で歌いました。
“わたしには、愛せる歌があるから・・”感涙に三枝の鍵盤が霞みます。


>胸にも迫って参ります。
ありがとうございます。嬉しいです。濡れ場のないお話が書きたくて、挑戦しましたが、
読み返すと欠陥だらけで、読者の皆様に助けられております。

どうか、これからもお付き合いよろしくお願いします。

  • 2013/06/14(金) 22:15:55 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

偶然ですけれど・・・

おはようございますぅ。
ご無沙汰です。


「マイ・ウェイ」
を創った、クロード・フランソワの生涯を描いたフランス映画、
「最後のマイウェイ」が7月に渋谷文化村にある映画館で公開されますョ。

「最後のマイウェイ」
http://www.saigono-myway.jp/index.html

  • 2013/06/26(水) 09:30:40 |
  • URL |
  • 夏川綾香 #ajW0yqNQ
  • [ 編集 ]

Re: 偶然ですけれど・・・

夏川綾香 様

情報ありがとうございます!

「マイ・ウェイ」私はポール・アンカの曲だとばっかり思っていましたよ。
名曲は誰が歌ってもいいですねぇ。まったく古臭くならないし、胸を熱くさせます。

最近音楽ネタを書いていません。いけませんねぇ・・
すこし勉強しなくっちゃね。








  • 2013/06/26(水) 22:35:54 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nighttale.blog97.fc2.com/tb.php/94-ee194894
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。