夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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「懐旧の家」 ルームシェア

レンは家の解体が始まったのを見ていた。
すべての窓が外され、ぽっかりと開いた玄関の奥には、ケイと過ごした共同生活を物語るものは何もなかった。
初秋の晩、虫の音に耳を澄ませ、泣き腫らしたケイの痛ましい姿、悲しみを乗り越える気丈さと裏腹に見せた寂しさ、ケイへの想いを募らせ、初めて知った恋愛の悦びと愛の重さ。
すべてが、もうそこには無かった。二人で過ごした居心地の良かった家が抜け殻のようだった。

屈強な青年が屋根に登り、二人の思い出を剥がすように瓦をトラックの荷台に投げ落とし、瓦の割れる音が胸に刺さり、寂しさが増した。
唸りを上げた重機の破壊音に、居た堪れなくなったレンは両手をポケットに突っ込み、振り返ることなくその場を後にした。



濃密な夜を過ごし、冷めぬ熱の塊を持て余し散歩に出かけた晩秋の朝、人影もなく静かな朝靄が煙る野川公園は、濡れた落ち葉が歩道に張り付き、木の葉の絨毯が続いていた。
落ち葉を踏む足音が止まり、ケイの唇に微笑が滲み、すぐにそれはレンに伝染り、目が合った。
伸ばしたレンの手にケイの指先が触れ、握り合った手の温もりに二人の白い息が溶け、小さく唇を重ねた。ケイの帰宅を待ちわび、玄関の開く音に駆け寄り抱擁した夜、レンが作った夜食を嬉しそうに頬張る、ケイの笑顔に癒された。
冷えた身体を小さな浴槽で温め合い、ケイのベッドで身体を重ねた。ケイの瞳と唇が濡れて輝き、柔らかくした指と唇で言葉少なく愛を語り合い、結んだ二人の身体が愉悦の飛沫を上げた。

小さなスケッチブックをベッドに持ち込み、描写したケイのたおやかな肢体、二人だけの秘密の線描画が一枚、二枚と増え、馴染んだ身体が二人の深い絆を結んでいった。


クリスマスの夜、ケイは手作りのノエルケーキを、レンは金色の小さな額に飾った二体のテディベアの絵をプレゼントした。
髪を飾り、大輪の菊を咲かせた羽織を素肌に纏い、遊女のように変身したケイにレンは見惚れた。
妖しく潤んだ瞳がレンを蕩かせ、狂おしいまでの口付けが二人を煌めく聖夜に誘った。
肌蹴た衿元から覗く艶めかしい乳首、見たこともない濃艶なケイの下着姿に、愛を募らせたレンはケイの上で身体を弾ませた。
二人は深い繋がりが導いた、激しい絶頂に波打つ身体をきつく抱き締めた。
ケイは何かに取り憑かれたように、引いてしまいそうなレンの昂りを強引に引き留め、身体を丸めては、レンの強張りを何度も求めた。
そして悲哀を帯びた絶頂の辛い呻きを上げ、レンとの別離を口籠り、涙ぐんだ。

「――レンさん、僕、見習い先が決まった」
「えっ……4どこに?」
「都心のホテルの厨房に。年が明けたら、すぐに先方と話を積めることになって、卒業前に、ホテルの社宅に住み込むことになると思う・・」
「ケイ、良かったじゃないか、やったな!」
いずれは、共同生活が終わることを二人は覚悟していた。
それは、二人の絆を揺るぎないものにする、乗り越えるべき試練でもあり、二人の新しい関係を築く、前向きな過程に過ぎないことは判っていた。
それでも、目の前に迫ったケイとの別れにレンは隠し様のない寂しさを感じたが、学校推薦に選ばれ、見習い先を決めたケイの名誉をレンは称え、素直に悦んだ。

「レンさん、しばらく会えなくなると思う」
潤んだ瞳から大粒の涙が零れケイの頬を濡らした。
「泣くなケイ、心配……するな」
レンは言葉の震えを懸命に堪えた。
「愛の告白なんて、歌の歌詞だけのことだと思っていたよ。でも、でも……」
「ケイ、愛してる」
「レンさん、愛してます」

レンは力を無くしたケイを懐に引き寄せ、レンの胸の中で泣くケイの髪を優しく撫で、涙で霞むケイの姿に唇を噛み締めた。



ケイがこの家から巣立ち、独り寂しい日々を送るレンに追い討ちをかけるように、レンは不動産屋から立ち退きの通告を受けた。聞けば、老朽化が激しい、この家を壊してアパートに建替えるということだった。
突然のことにレンは狼狽えた。レンもケイもこの家が気に入っていた。
短いながらも睦ましい共同生活を営み、お互いを慈しみ愛情を育てたこの家が好きだった。
それが壊されることを知って余りにも辛かった。

その晩、レンは夢の中にいるように、ケイが置いていったベッドに憔悴した身体を沈めた。
すっかり空になった本棚、棚の上で離れることを拒んだ二体のテディベア、部屋の暗さが増していったが、どうすることも出来ない。
レンには天井の灯かりに手を上げることも出来なかった。

レンは目を閉じ、耳を澄ますと、本を開いたり閉じたりする音、ペンを走らせる音、その音が、クリスマスの夜のケイの衣擦れの音に変わり、ケイの熱を帯びた囁きが、壁を震わせ、部屋全体がのみこまれていった。
身体の昂りに目を見開いたレンが見たものは、静けさに微笑むケイの姿だった。
神の啓示を待つようなその静けさはレンに事態を冷静に見詰めることを示した。
「――ケイ」
ケイの温かい手がレンの頬を撫で、悲しみに暮れるレンの心を穏やかなものにしていった。

独り住まいになった今、家賃の負担が増すことに迫られていた。
ケイはレンが大学を卒業するまでの一年間、今まで通りに家賃を負担すると言ってきかなかったが、レンは頑なに断った。
レンは不動産屋の申し出を受け入れ、近所に見つけてくれた小さなアパートの一室に移り住むことを決めた。
この家が無くなろうとも、せめて思い出を残すこの土地を離れたくなかった。




翌日、路地裏にイーゼルを立て、古びた平屋をスケッチするレンの姿があった。
伸びた長髪に無精髭のレンに道行く人が好奇な視線を送ったが、気にもならなかった。
道で絵を描くレンに、興味深々な幼子に手を引かれた母親が、構えたようにレンの脇に立ち、レンにぎこちなく会釈した。

「おじちゃん、何してるの?」
「あのね、おじちゃんね、あの家を写生してるの。
あの家もうすぐ壊されちゃうから、絵に残しておこうと思ってね。おじちゃん、あの家が大好きなんだ」
「ふ~ん」
「失礼ですが、こちらにお住まいだった方で?」
若い母親の澄んだ声がした。
「ええ、昨年の春から住んでいました」
「お二人で住んでいましたよね?」
「はい、二人とも貧乏学生なもので、ルームシェアしてました。良くご存知ですね?」
「あの家、祖父が建てたんです」
余りの驚きにレンは、腰掛から転げ落ちそうに立ち上がり、母親の言葉を待った。

「私も嫁いでから聞いたのですが、飛行場がある関係で、この辺も進駐軍の軍人さんが大勢住んでいて、あの家は祖父が建て、アメリカスクールの先生が借りてたそうです」
「道理で、日本家屋と違う雰囲気があると思いました。僕も友人も一目見て気に入って」
「祖父も気に入っていて、しばらく祖母と住んだこともあったと聞きました」
「こんなことをお願いしてはいけませんが、絵が完成したら祖父と祖母に見せてあげてくれませんか?」
「壊すのが忍びないと嘆く祖父もきっと喜ぶと思います」


白と黒のモノトーンに近い色を使い静謐に仕上げた家の絵に、今年九十四歳と九十歳になる老夫婦は目を細め、大層喜んでくれた。
涙を浮かべる祖母に、今は亡き自分の祖母の姿を重ねたレンは、カンヴァスの裏に二人の名前と「懐旧の家」と記し、二人に絵を贈った。

どうにか進級を果たし、連休が一息ついた五月の晩、レンのアパートのドアをノックする音にレンの胸は騒いだ。
急いで開けたドアの先に髪を短く刈り上げ、料理人に成長したケイの笑顔があった。
「ケイ、お帰り」
「ただいま、レンさん」
二人は固く握り合った手で、ひとつになったハートをシェアしたことを実感した。
「まあ、狭くて、むさ苦しい部屋だけど」

照れ臭そうに頭を掻くレンにケイは瞳を輝かせ、レンの胸に飛び込んでいった。



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