夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

ルームシェア 7

朝の秋晴れが東京に近づくにつれ雲行きが怪しくなり、戻った調布の家は、すでに雨に濡れていた。
これ以上バイトを休めないと、急ぐケイをレンはレンタカーを返却がてら駅まで送り、レンも午後の講義に間に合うように電車に飛び乗った。
今週初めて大学に顔を出したレンに、伊東のリゾートマンションを貸した友人は、レンが一緒に旅行に行った相手のことをあれこれ詮索し冷やかしたが、レンが出まかせで、高校時代の男の友人と行ったことを話すと、伸びた無精ひげと長髪のむさ苦しい風貌のレンに、妙に安心したような顔を向け、マンションの鍵と土産の羊羹を受け取った。
レンは大学の仲間にもケイとの共同生活のことは話していなかった。初めこそ感情の伴わない共同生活を送っていたが、二人が関係を持った今は、誰にも話すつもりはなかった。

遮光カーテンを引き、明りを消した暗い教室に映し出されるスライドを見詰め、古典絵画の講義を聞くレンの胸中に去来するのは、伊東で過ごしたケイとのことだった。
妖しいまでに潤んだケイの瞳に恋心を奪われ、同性同士とはいえ、初めて他人と肌を重ね、お互いの興奮した身体を宥めあった刺激的な行為。
教室の暗闇は伊東の夜を思い起こさせ、ケイの悩ましい裸体と、快感に歪む愛くるしい表情が瞼に浮かんだ。
講義のスライドは、バロック期に活動したイタリアの画家、グイド・レーニの宗教絵画を映し出していた。レーニの傑作「ゴリアテの首を持つダヴィデ」「幼児虐殺」に混じり映し出された「聖セバスチャンの殉教」にレンは目を剥き、息を呑んだ。

荒縄で交差する腕を頭上で縛られ、刑の執行に身を委ねる聖セバスチャンの大胆な構図、大理石のような真っ白な素肌、青年の裸体を覆う、腰の周りに緩やかに巻かれ白い布。
弓を入られた痛みとは明らかに違う、天に召されることへの悦びに浸るような恍惚とした表情を浮かべ、遥か天上を見上げるその姿に、レンは脳裏に写し撮った、あの夜のケイの姿態が蘇えった。
性別を曖昧にしたケイの浴衣姿に見惚れ、二人の無常の悦びが目の前にあると判って、抱き合った初めての夜。
薄明かりに浮かぶ、乱れた浴衣から露になったケイの肢体をレーニの絵画に重ねたレンは、激しい鼓動の高鳴りに襲われた。
レンは抑えようのない全身の疼きに脚を何度も組み直し、ノートにラフなクロッキーを描いた。レンはこれからすべきことは何かを直感し、居ても立っても居られなかった。


レンは部屋の真ん中に立ち、目を閉じ深々と深呼吸した。
すぐにベッドの前に座り込み、スケッチブックを拡げ、目の前に横たわる、あの夜のケイの姿態をデッサンしていった。
ケイ、君に夢中だった、あんなの初めてだった。なんだってしたいと思った。
二人のルールなんて一つ残らず破っても構わない。だからケイ、そのまま俺の傍に居てくれ、ずっとそそまま、傍に……。
「ケイ、愛している」


冷え込んだ明け方、デッサンを描き上げたレンはベッドに倒れこんだ。
昂る神経と興奮で眠気は無かった。疲労した重い腕を擦り、完成したデッサンを見詰めた。
暗闇に投げ出したケイの細い肩と長い腕、荒縄の代わりに右手首に赤い糸を絡ませた。膨らみを帯びた胸が上下し、緩やかな曲線を描く脇腹、へこんだ下腹に縦長の臍までも悩ましかった。
腰周りをレーニの絵を真似て、松菱柄の浴衣を巻きつけ股間を隠した。
ケイは小さな唇を薄く開き、顎を少し突き出し喘ぎ、レンを誘うように妖艶な眼差しを向けていた。満足したレンは大きな溜息を吐き、目を閉じた。

部屋に篭り、制作に没頭するレンをケイは心配していた。
伊東から戻ってから、早くも一週間近くになるが、レンと顔を合わせたのは、ほんの数十秒だった。
何かに取り憑かれたようなレンの顔付きに、ケイは声を掛けることを躊躇するほどだった。大学に行っているのかも判らなかった。屑籠に捨てられたコンビニのおにぎりと菓子パンの包み紙、満足な食事すら取っていないようだった。
心を痛めたケイは、翌朝出掛ける前に、レンの食事を用意した。少しでも栄養価の高い食事をレンに食べてもらいたかった。
そして、夜に帰宅すると、食卓の上にメモ書きが置いてあった。
「ありがとう美味しかったよ」
ケイはレンの文字が涙で霞んでしまった。




朝晩の冷え込みが厳しくなり、今年は秋の深まりが早いような気がした。
街のあちこちに飾られた、ハロウィンの黄色いカボチャが道行く人々に笑い声を掛け、仮装した小さな子供の嬌声が聞こえていた。
調布のスタジアムではアイドルグループのコンサートがあるのだろう、余ったチケットを求めるファンの女の子が手書きのボードを胸に掲げていた。
駅前で用事を済ませたケイが家に戻ると、リビングで胡坐をかくレンの姿に、一瞬驚いたが、微笑むレンの笑顔に絵が描き終わったことを知った。

「ケイ、お帰り」
「レンさん、終わったんですね」
「ああ、やっと満足に仕上がったよ。早くケイに見せたくて待っていた」
ケイは立ち上がったレンに手を引かれるように、レンの部屋に入った。
絵の具の匂いと、レンの汗臭さが混じった、散らかった部屋の真ん中に置かれたイーゼルにカンヴァスは置かれていた。
ケイはそれがすぐに自分の絵だと判った。伊東の夜の自分の姿だと。
蒼白い月夜に浮かぶ横たわる裸体。激しく興奮して、自分の想いをレンにぶつけたあの夜。レンの思い遣りと優しさが身に沁みた、伊東で過ごした日々が浮かんだ。手首にまかれた真っ赤な細い糸に、レンの想いを実感し、ケイは唇を震わせ涙が溢れた。

立っていられなかった、幻想的な絵画に仕上がったその絵にケイは跪き、声を上げて泣いた。
震えるケイの肩にそっと手を置いたレンに、ケイは抱き付き、唇を奪った。共同生活を送るこの家で初めの口付けは、激しく燃える二人の心を掴み合った。
「レンさんのすべてを僕にください」
涙声のケイにレンは静に応えた。
「俺もケイのすべてが欲しい」

窓辺に置かれた小さな黄色いカボチャが抱き合う二人を微笑んでいた。


続く。


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まとめ【ルームシェア 7】

朝の秋晴れが東京に近づくにつれ雲行きが怪しくなり、戻った調布の家は、すでに雨に濡れていた。これ以上

  • 2012/11/13(火) 11:42:17 |
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