夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

ルームシェア 3

夕飯の支度をするケイを残し、レンは地下の大浴場で温泉気分を満喫していた。
今週の宿泊客は、レンとケイの一組だけで、レンは広い温泉を独り占めし、贅沢な入浴を楽しんだ。
レンは久しぶりに味わうケイの手料理に大満足だった。食卓狭しと並んだ料理に舌鼓を打つ、レンの旺盛な食欲が、ケイには嬉しかった。
片付けはレンも手伝い、二人は、少し強いお酒を片手に、応接間で向かい合い、レンが戸棚から見つけてきた、遊び古されたオセロに興じた。二人は、子供の頃に戻ったように、ゲームの駆け引きに一喜一憂し、他愛の無いレンの冗談に、頬をほんのり赤く染めたケイは笑った。
二人だけの旅行ならではの、ゆったりとした時間の流れは、ケイの心を癒し、ケイの笑顔に目を細めたレンの心には、言葉に出来ない淡い想いが、また一つ芽生えた。


ケイは付き合っていた男と、旅行に出掛けたことは一度も無かった。
男の仕事帰りに待ち合わせ、食事し、同性でも断られないホテルに入った。フロントの好奇な視線と部屋の饐えた匂いが嫌だったが、ケイの行為で悦ぶ男が嬉しく、ケイも男の愛撫に、悦びで身体を震わせた。
ケイは、最愛の男との長い夜を熱望したが、いつも多忙を口にし、時間を気にする男を寂しく見送っていた。
ケイは男との旅行を夢見ていた。二人のことなど、誰も知らない旅先で、普段とは違う、二人だけの時間を過ごすことを憧れていた。
男はそんなケイの想いを知ってか知らぬか、旅行の誘いをやんわりと断り、ケイも無理に誘うことはしなかった。ケイは男の前で、寂しさを顔に出すことは一切しなかった。
男に嫌われたくなかった。男に心底、惚れていた。男が旅行に行けない、本当の理由など、あの時のケイには考えも及ばなかった。

そんなケイが、同じマンションに住むレンと知り合った。
お互いの部屋を行き来するようになり、部屋の不満が一致し、二人の理想に近い家で、感情を交えず、型通りの共同生活を始めた。
ケイは同性愛者の自分とは違う、ストレートな指向の、レンの考えや行動が新鮮だった。共同生活を知った男は、ケイに妙に寛容で、関係がぎくしゃくすることはなかったが、「しばらく逢えない」と、ケイに連絡をよこした。
ケイは自分が始めたレンとの生活が、男の癇に障ったことに気がとがめ、すぐに、涙ながらの謝罪と後悔の連絡を取ったが、男は、ただ「忙しくて逢えないと」一方的に繰り返すばかりだった。

男への不審が湧き、男の新しい恋人の妄想に神経が磨り減り、一途な想いがケイを駆り立てた。
男の言葉の真意が知りたくて、取り憑かれたように男の後を追った。そして真実を知ってしまったケイは大きな衝撃を受け、立ち竦んだ。
悲しみと失望に襲われ、その日はどうやって、部屋まで戻ったのかも思い出せない。虚脱感に苛まれ、悩み、迷った。
本当のことなど知らなければ良かったと、自分の愚かな行動を責め、悔やんでも、現実を受け入れるしかなかった。

ケイは別れを決意し、男を呼び出した。男は普段とは違うケイに慌て、男への当てつけに、在りもしない新しい恋を理由にした、ケイの別れ話に狼狽えたが、寂しい男を演じ続け、その哀れな姿にケイも男への未練と、一縷の望みが捨てきれなかった。
しかし、ホテルの部屋に入るなり、豹変した男はケイを、いきなり張り倒し、脳震盪を起こしたケイに跨り、乱暴に全裸に剥き、引きちぎったドライヤーのコードで腕の自由を奪った。
眉を吊り上げ形相を変えた男は、床を這いずり逃げ惑う、ケイの背中と尻を靴ベラが曲がるまで乱打ちし、泣き叫ぶケイの髪を掴み、平手打ちした。
ぐったりとしたケイの身体を二つに折り、「忘れないようにしてやると」上を向いた肛門に唾を吐き、凶器のように尖らせた性器を充てがい、一気に突き刺した。全身を貫く激痛、恐怖で声も涙も嗄れ、ただ喘ぐだけのケイに、容赦なく、自分勝手な欲望を打ち込んだ。
ケイの性器に当り散らし、周到な責めに反応してしまうケイの性に、薄ら笑いを浮かべる男。ついに我慢の限界が越え、ケイは怒りを爆発させた。
男の秘密を暴露し、罵り、詰った。驚きで息を呑む、男の身体が止まった。明らかの脅えた男は、「なにかあったら、只じゃ置かない!」と、乱暴な捨て台詞を吐き、部屋を出て行った。男との関係が、最悪な結末になったことに、ケイは声を上げて泣いた。

最愛の男の裏切り、男への未練を打ち砕く屈辱、怒りを上まわる絶望に、泣くことしか出来なかった。
どうにか電気コードを外したケイは、よろけながらベッドに倒れこんだ。しかし、ベッドの柔らかさと温もりは残酷で、仲睦ましかった男との蜜月を蘇えらさせ、さらにケイの心を痛めつけた。
「死にたい・・」自分の存在意義を見失ったケイは呟いた。


夜の街を行くあてもなく彷徨い、行き着いた先は、二つ手前の各駅停車しか止まらない駅だった。
ケイは泣き腫らした瞳に眩しい、速いスピードで、ホームを通過する急行電車に、フラッシュバックする自分の人生を重ねた。
今夜、最終の急行は各駅停車を挟んで、20分後だった。男の仕打ちに比べれば、もう何も怖い事は無かった。
ホームのベンチを握り締め、切迫する気持ちと逸る身体を押さえつけた。進まぬ時計を何度も見返えすケイの視線が、ふと線路の向かい立つ看板に留まった。
地元のクリニックの看板に挟まれ、美大受験の予備校の看板。列挙された美術大学にレンが通う大学名を見つけた。

「レン……」
瞼に浮かぶ、レンの姿、隠し事の無いレンの無垢な笑顔。半ば強引に同居を勧めたレンに、大変な迷惑をかけることを、ケイは考える余裕は無かった。
自殺の原因が判らず、悩み、苦しみ、一生重荷を背負わせてしまうだろう。ましてや、口さがない世間の人々は、レンとの共同生活が、誘因だと決め付け、レンを中傷するだろう。
レンにそんな残酷なことをさせるわけにはいかない。ケイはホームに居合わせた、他人の目を気にすることなく、泣き崩れた。
あの男と同じ、身勝手な考えが、余りにも愚かだったことを痛感した。

ケイは涙を拭い、ホームの階段を下り、改札を出た。滑り込んできたタクシーを遣り過し、暗い商店街を抜け、痛む身体を引きずり、遠い家路を歩いた。
出血は止まったが、身体の奥に残る男の異物感に、何度も、道端にしゃがみ込んでは、両腕で身体を抱え込み、悪寒を抑えた。
ケイは、自分が同性愛者であることを公言したくなかった。今夜のことをレンに打ち明けるつもりは無かった。
同性愛者の失恋など、ストレートな男からすれば、嫌悪以外の何物でもなく、共同生活を解消されることを怖れた。今夜のことは、レンには気付かれたくなかった。
しかし、その夜の展開は、ケイが考えていたこととは違っていた。
やっとのことで、家までたどり着いたケイは、思ってもいなかった、レンの優しさと気遣いに、感謝の涙を零した。
虫の音だけが聞こえる、静かな居心地の良い二人の場所で、レンの飾らない、朴訥な言葉に、痛んだ心が強く動かされ、男との失恋を打ち明けた。
レンなら判ってくれると思った。そしてレンは、同居を解消することなく、傷心のケイを旅行に連れ出し、男とは果たすことが無かった、ケイの夢を叶えた。


オセロに二回とも大負けしたレンは、悔し紛れにソファーに倒れ、唇を尖らせた。嬉しそうにオセロを片付ける、少し元気を取り戻したケイを温泉に誘った。
「ケイ、温泉入ろう」
「えっ、僕、温泉苦手で……」
身から出た錆びとはいえ、ケイは身体に残る、男に付けられた傷跡をレンに見せたくなかった。
叶わぬ、淡い恋心を抱くレンに、軽蔑され、嫌われたくなかった。何より、男との性行為をレンに想像させることが嫌だった。
「何、言って、せっかく伊東に来たのに、温泉に入らない奴はいないだろう?」
「それに、今週、泊まっているのは、俺たち二人だけだって。貸し切りだよ、こんな贅沢二度とないよ」
「さあ、立って、立って」

ケイは、ソファーに張り付き、大げさな身振りで嫌がったが、レンの誘いに、ついに覚悟を決め、重い腰を上げた。


続く。


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コメント

拍手コメントへのお礼

ご多忙中、ご訪問ありがとうございます。

このような嬉しいフライングは、
失格なしで、何度でもよろしいかと。

お月様のウサギは、お恥ずかしいことで、本人さえも、
しばらく、気が付きませんでした(笑)

お話は、もう少し続きます。お付き合いよろしくです。





  • 2012/10/01(月) 15:27:20 |
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