夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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次の日からも、ケイは、普段どおりに出掛け、帰宅し、何事もなかったように振舞い、辛い素振りさえ見せることはなかった。
しかし、ふとしたことで取り乱し、悲しそうな表情を浮かべ、涙ぐみ、自室に篭ってしまった。
レンはケイが同性愛者だったことに驚きはしたが、自分がイメージしていた、同性愛者とはケイは違っていた。
ごく普通の、大学に居る仲間と全く変わることは無く、考え方も価値観もレンと変わることはなかった。
そのことより、一緒に暮らし始めて、レンはケイの目標に向う、頑張りに触発されていた。
プライベートに立ち入らない約束事を決めはしたが、敬愛する同居人の哀れな姿を見ることが、レンには忍びなかった。

誰も辛い過去を忘れることなど出来はしない。「時間が解決する」と人は言うけれど、眠れぬ夜に子守歌があるように、傷ついた心には癒しが必要で、何かの切掛けで、立ち直っていけることをレンは判っていた。
レンは、考えあぐねた末、断られることを覚悟の上、ケイを旅行へ誘った。傷心旅行と言えば聞こえは良いが、昨年の夏休みに招かれた、同じ科の仲間の父親が所有する、伊東のリゾートマンションを、拝み倒して借りたことをケイに話した。
今のレンが、傷ついたケイに手を差し伸べてやれることは、旅行に連れ出し、日常から離れて、少しでも、気を紛らわせてもらうことが精一杯だった。
出掛けることを渋ったケイだったが、気兼ねの無い、気ままな旅行だからと、説得するレンの気遣いにケイは折れた。
誘いに感謝し、決まり悪そうに含羞むケイの姿に、レンは心の中で芽生えた、言葉に出来ない淡い想いを打ち消すことはしなかった。


レンの運転するレンタカーは伊豆の海岸線に入り、前方に広がる海の雄大な景色に、助手席のケイは嬌声上げた。
レンはしばらくぶりに見た、ケイの明るい笑顔が嬉しかった。夏休みも終わり、平日のリゾートマンションは訪れる人も無く、専用の駐車場は、従業員の通勤用だろう、地元ナンバーのクルマが止まっているだけだった。
最上階の部屋の眺望は素晴らしく、伊東港が眼下に見渡せ、ケイの喜ぶ姿に、レンは安堵した。

「綺麗な景色。海の香りがする!」深呼吸するケイの仕草にレンは笑った。
「いいなあ、こんな所にずっと居られたら」
「でもケイ、四日間は僕たちのものだから、ゆっくりすればいいさ」
「そうだ、まずはウエルカムドリンクで乾杯だな」
レンはキッチンに備え付けてられた立派な食器棚から、ワイングラスを見つけ、持参したクーラーボックスからスパークリングワインを取り出し、静に栓を抜いた。

その晩は伊東の街に出掛け、新鮮な魚介料理で、夕食を済ませ、調理師を目指すケイは目を輝かせて地場の食材に買い入れ、明日からはケイが部屋で料理することになった。
あいにくその日は、大浴場の清掃日に重なり、レンはケイの勧めで、先に部屋の小さな風呂で温泉に浸かり、運転の疲れで、早々にベッドに倒れこんだ。
レンの可愛い寝姿を見届けたケイは、浴室の鏡の映る、男から受けた仕打ちが残る、情けない身体を後悔し、独り風呂場で涙を流した。



翌日も秋晴れが続き、晩い朝食を窓際の応接間で済ませた二人は、海まで散歩に出かけた。
誰も居ない砂浜を並んで歩き、海の家の名残りのように置かれた、錆付いたベンチに腰を下ろした。
華やいだ真夏の海辺とは違う、秋の海の静けさは感傷的で、無言で水平線を見詰めるケイの憂いを帯びた横顔に、レンの気持ちは塞いだ。
寂しそうなケイの姿を見ていると、ケイは男との別れの方便に、ありもしない新しい恋を男に告げたのだろう、レンにはそう思えたが、本当のことは判らなかった。

「幼稚園で一番、お絵描きが得意だった子が、小学校で一番、絵の上手い子になって、中学でも一番上手くて、高校でも一番上手いと思っていた……」
「でも、たかが、お絵描きじゃないかって、気がして、馬鹿馬鹿しくなって、絵を描くのをやめちまった」
「今の俺からは想像できないだろうけど、髪を角刈りにして、いつも葬式のような、上から下まで真っ黒い格好して、難しい顔して人を寄せつけなかった」
「口をきくのも億劫で、誰の意見も指図も迷惑で、一切聞かなかった。独りで硬派を気取っていたよ」
「お絵描きなんて、女、子供のすることだと決め付けてね」

「高三の夏休みが終った、今頃だった。なんだか学校行くのが嫌になって、家出じゃないけど、東京に逃げた」
「盛り場も厭きて、行く当ても無くて、話には聞いていた靖国神社に行った。それから、北の丸公園をふらついて、どう云う訳か、足が美術館の前で止まってさ、絵なんか見るのも嫌だったんだけど・・・」
「その時、初めて現物の岸田劉生の「麗子五歳之像」を見たよ。俺、絵の前で動けなくなっちゃって……」
「幼い麗子が、大人びた瞳で俺を見詰め、無言の言葉を掛けてきた」
「辛いこと、悲しいこと……でも、楽しいこと、嬉しいこともあるよって……俺に訴えてきた」
「――俺は絵を見て、こんなこと生まれて初めてだった……」
レンは感情の昂りに唇を噛み締めた。

「麗子の言葉に、涙が止まらなくて……絵ってこういうものなのかって……こういうものだったのかって。今頃になって、気付かされた。何も判っちゃいなかった自分が恥ずかしくて、情けなかったよ」

誰にも話したことの無かった過去を打ち明けたレンは、自分を見失っていた、あの頃の切ない思い出に、零れた涙を照れ臭そうにTシャツの袖で拭い、苦笑いした。
そんな愛しいレンに、ケイも瞳を潤ませ、慈愛に満ちた微笑をレンに向けた。


続く。


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