夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

オーダー 後編

安易な造形が、思い浮かんだが、Y氏の求めるものとは懸け離れていた。ドアノブの形状からすれば、件の彫刻師が彫ったものでもいい筈で、僕が真っ先に思い浮かべたもの、それに近いものだった。
しかし、Y氏は何故、そのような物を作らせる気になったのだろう。Y氏には悪いが、男性器それも勃起した形状など、誰が聞いても悪趣味だと言うだろう。
別荘の一部屋に設えると言っていた。そこはY氏のプライベートな部屋であることは違いない。来客は一切、立ち入ることのない部屋。逆に言えば、Y氏と親密な関係がある人物だけが、立ち入りを許される部屋と解釈したほうが、自然だ。

ホテル住まいが板に付いたY氏には、家族がいるような雰囲気はなかった。
だからだろう、身の回りのことは、あの青年に任せていると言っていた。あの妖艶な容姿の青年に、何もかも、すべてを。
まさか、まさか――僕の邪推だろうか……
二人の関係は、僕の想像を超えたものだろうか、いや、間違いない。恋愛経験など無いに等しい僕は、今のところ同性愛者ではないつもりだが、気が付けば、僕もあの青年の不思議な魅力に惹かれているのだから。
僕は自分と青年との関係を夢想し、彫刻刃を握った。


反り返る陰茎を逆手で握る、僕の五本の指。曲げた人差し指が陰茎の腹を支え、曲げた親指の爪先を陰茎の背に食い込ませた。
手の平の中で、細い血管を浮かせた胴に中指と薬指を絡ませ、小指を敏感な亀頭冠に掛けた。
手首の付け根から食み出した、研磨した亀頭の先端から垂れた体液の雫を彫り、陰茎を握られた青年の欲情を入魂した。
そして、情念の炎のようにデフォルメした陰毛でドアのシリンダーを隠すつもりだったが……



注文を受けて早、3ヶ月が以上経っていた。マスターの好意で、バイトは休ませてもらっていたが、Nさんから別荘が竣工したことは聞かされていた。
僕は彫り終えたばかりの作品を梱包し、重い足取りで、Y氏の待つホテルへ向った。
通された応接間で僕は震える手で、梱包を解き、出来上がった作品をY氏に詫びた。

「Yさん、申し訳ありません。僕には出来ませんでした」
「どういうことでしょうか」
作品を前にして訝るY氏に、言葉を続けた。
「お約束したドアノブ、作ることが出来ませんでした。言い訳ではないんですが……」
「勿論、はじめはドアノブを念頭に刃を入れていました。でも、でも彫り込んでいくうちに、自分の想いが強くなって、ご注文のものとは、どんどん懸け離れて、許してください」

「顔を上げてください。素晴らし作品ではないですか、見事です。私こそ、貴方に謝らなければなりません。破廉恥なことをお願いして、申し訳ありません」
「お作りいただいた作品、一目見ただけで、気に入りました。前に見せて頂いた「手首」以上に、私は惹きつけられています。感謝しています」
「ぜひ、私にお譲りください」
Y氏の社交辞令だとは、分かっていた。子供の僕を叱りつけることは、出来なかったのだろう。僕はもう一度、頭を深く下げ、逃げるように部屋を飛び出して行った。



Nさんと顔を合わせることを躊躇った僕は、バイトに出ることはなかった。心配したマスターから電話をもらったが、体調不良を理由に、しばらく休むことを告げた。
独り部屋で、自分の仕出かした愚かな行為に落胆していた。曲がりなりにも、プロを目指す自分が、学生気分が抜けず、注文に沿わない作品を作ってしまったことが、腹立たしく、恥ずかしかった。
しばらくして、Nさんから感謝の連絡があった。Y氏が、大層、気に入ってくれたこと、Y氏が僕にお礼がしたいと聞かされたが、僕は浮かない返事で、それを固辞した。



年が変わり、バイトにも復帰した僕は、店を訪れたNさんの笑顔に救われたが、Nさんも僕の気持ちを察してか、Y氏のことを話すことはなかった。手付かずだった、大学の課題制作にも取り掛かり、僕は忙しい生活を自分に課し、不始末を忘れようとしていた。
そんな、ある日、アパートの前に見慣れぬスポーツカーが止まっていた。道路を舐めるような低い車高、綺麗に手入れされたガンメタリックの車体に、街路灯が映り込んでいた。
僕の帰りを待っていたかのように、ドアが開き、運転席から、なんと、あの青年が降りてきた。僕は余りの驚きに、言葉を失い、身体を固くさせた。

「やっと、お逢いできました。何度か来たのですが、お留守のようでした」
「実は、Yから手紙を貴方にお渡しするように頼まれて、お礼を申して、直接手渡すようにと言われていたものですから」
「礼など、及びません。僕が仕出かしたことは、反省しています」
頭を下げた僕に、青年は微笑ながら封筒を手渡すと、クルマに乗り込み、エンジンをスタートさせた。
野太い排気音が僕の身体を震わせ、運転席から一礼した青年は、クルマを発進させた。
僕は、みるみる小さくなる赤いテールランプを、甘酸っぱく、遣る瀬無い想いで追っていった。



僕の宛名が書かれた洋封筒の裏にY氏の署名と、別荘の住所だろうか、蓼科の住所が記されていた。

拝啓 先日は、素晴らしい作品をお届けいただき、誠に有難うございます。
無理な注文で、さぞかし、困り果てたことと思います。
海外の友人宅を訪れた時、見せられたものが、忘れられず、悪趣味だとは承知で、
貴方にお願いしてしまいました。許してください。

しかしながら、お作り頂いた作品は、私の想像以上の出来栄えで、大変満足しております。
貴方は、ご自分の作品が、私の依頼と違うと、気を揉んでいらしたが、
私の想いを十分、お分かり頂けたことに、感謝しています。
早速、蓼科の部屋に飾らせて頂きました。

お礼がしたくて、知恵の足りない私が、考え付いたことではありますが、
ご笑納くだされば、幸いです。
航空券と同封した、現地の名刺の者は、すべて了解済みです。ご心配は要りません。
どうか、より見聞を拡げる為にも、お出掛けください。
もし、お困りのことがありましたら、何事でも結構ですから、
使いに行かせた黒田に、遠慮なく連絡してください。
090-xxx-xxxx

寒さ厳しい折、ご自愛を祈ります。
                           
                                     敬具


イタリアへのオープンチケットに挟さんであった、Y氏のベッドルームで撮った僕の彫刻の写真。スタンドの明りの下、象嵌が施された、マホガニーのナイトテーブルに置かれていた。
それは、僕への何かのメッセージなのは、すぐに分かった。男性器に巻かれた十字架のペンダントが妖しく光っていた。


終。


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL短編小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

興味深いですね

どこからこんな発想がうかんだろうって、
すっごく興味深いです~

  • 2012/06/20(水) 22:55:33 |
  • URL |
  • 門倉 歩惟 #-
  • [ 編集 ]

Re: 興味深いですね


歩惟さん
コメントありがとうございます。

「チコ」続きが、上手くいかなくて、チコと芳村の逸話として、
「桜二題」と「オーダー」を書いてみました。

実は、ドアノブのアイデアは、かなり前から温めてはいたのですが
お話にすることが出来ませんでした。ところが先日、私にお気に入りのブログで
「ドアノブ少女」を目にし、イメージが湧き(笑)書き上げたお話が「オーダー」です。

http://doorknobgirl.tomorokoshi.com/ 「ドアノブ少女公式ページ」

  • 2012/06/21(木) 11:31:26 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nighttale.blog97.fc2.com/tb.php/66-75839dd9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad