夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

桜 二題


「お花見がしたい」
僕の願いを聞き入れ、公園の脇道にクルマを寄せて、男は諦めたようにエンジンを切った。すでにぼんぼりの明りは消え、道に張り出した満開の桜の隙間から、少し痩せた月の青白い明かりがウインドガラスに差し込み、時計を気にする男の影が揺れた。

昨年の今頃、男の素振りと優しさに惹かれ、艶やかな桜の色と香りに酔い、二人だけの秘密を共有した。打ち込まれた男の楔に馴染んだ身体は、男の愛を疑うことはなかったが、妻の妊娠を別れの口実にし、最後の晩にも身体を求める無神経な男の本性が許せなかった。

「さよなら」
僕は男に分からないように左のピアスを外し、シートとドアの隙間にそっと転がし、ドアを閉めた。







「花見をしていこう」
公園の脇道にクルマを寄せて、僕は静にエンジンを切った。野太い排気音が消え、人通りの無い街を抜ける春風に枝の揺れる音が聞こえた。すでにぼんぼりの明りは消え、少し痩せた月の青白い明かりが、大きく傾斜したウインドガラスに差し込み、男はシートベルトを緩めると道に張り出した満開の桜を見上げた。

昨年の今頃、ある人から男を紹介され、男が出した難題をどうにかクリアした僕は、男との連絡を許された。しかし,自分の立場を忘れ、思い付きと愚かな考えを巡らせた僕を、男はすげなく撥ね付けたが、男の度量の広さに関係が終わることは無かった。

「もういい。チコ出せ」
「桜もいいが、今夜のお前には敵わない」
シートに深く座りなおした男の横顔に僕は胸を熱くさせ、エンジンをスタートさせた。



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