夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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懸崖 (前編)

「立ち入り禁止」とかかれた看板が掛かる金網を乗り越え、手の平と制服に付いた赤錆を叩いて落としながら、高速道路に並行する側道を道なりに進んだ。雑草が生い茂る、急な崖の淵を注意して登り、コンクリートの壁に埋め込まれた杭のような梯子を上がると、少年の秘密の場所、高速道路の陸橋の真下にある狭い踊り場に着いた。
ひっきりなしに通り過ぎる自動車の騒音と振動。険しく切り立った崖に足がすくんだ。橋の向こう側までは、100メートル以上はあるだろうか、四本のT字形をした橋脚が道路を支えていた。
少年がこの秘密の場所を見つけたのは、転校先の中学に馴染めず早退を繰り返し、時間つぶしに、町外れの人気のない林道を当てもなく奥まで歩き、「関係者以外立ち入り禁止」の標識が立った車止めに好奇心が駆られ、行き着いた先がこの踊り場だった。
環七沿いで生まれ育った少年には、頭上を走る車の騒音は気にはならなかったが、ここで少年は何をするわけでも、何かを考えることもなかった。今の少年には、何かに想いを巡らせても、堂々巡りに陥ることは分かっていていた。ただ、引き込まれそうな崖を見下ろし、はるか遠くの海岸線まで見える眺望に少年は心を奪われていた。
橋のたもとに寄りかかり腰を下ろした少年は、制服の内ポケットからタバコを引き抜き、火を点けた。

少年の母が少年と妹を連れて実家に戻ったのは今年の春、少年が中学三年に進級してすぐのことだった。父の暴力にじっと耐えていた母だったが、ある晩、ますますエスカレートする暴力を見かねた少年は父に包丁を向けたのだった。父の激高はすさまじく、取っ組み合いのけんかになり、親子で刃傷事件が起きることを怖れた母はついに別居を決意し、実家のあるここに戻ったのだった。
東京の中学校では、少年は不良を気取り、髪を染め、左耳にピアスをあけていたが、田舎の学校に転校することが決まり、母の願いを受け入れ髪を黒く戻し、ピアスは外していた。しかし、小さなピアスの穴を目ざとく見つけた同級生たちは、少年の素性を敏感に嗅ぎ分け、高校受験を控えた大事な時期にクラスが荒れることを怖れ、誰もが少年と距離を取った。担任もそれを良しとし、少年の無断早退をとがめることはなかった。

その日も登校してすぐに早退した少年は、日課のようになった、あの高速道路下の踊り場に向った。誰も居ないことを確認し、馴れた動作で金網を越えた。夜半まで降った雨で濡れた雑草でズボンの裾を汚し、たどり着いたコンクリートの壁がいつもと違うことに少年は身体を固くした。梯子に付いた泥は、今朝、誰かが踊り場に上がったときに付けたものに違いなく、まだ幾らも時間が経っていないようだった。息を殺しても、聞こえるのは自動車の騒音だけで、上で人の気配を感じることはなかったが、少年はいつにも増して用心しながら梯子を上り、コンクリートの淵からそっと踊り場を覗いた。なんと踊り場の一番奥に少年と同じ制服を着た男子が膝を抱えて座り、気配に気付いたのか、顔をこちらに向け、お互いの視線が合った。

急に出くわした野良猫どうしが、一瞬の驚きと警戒心で相手を値踏みするように、少年は男子の体格が自分より劣ることを瞬時に判別した。そして驚いて立ち上がることもせず、まるで自分が上がってくることを知っていたかのような男子の敵意のない眼差しに、少年は警戒心を緩め踊り場に立った。
癖毛の髪が耳まで伸び、二重瞼の幼さが残る顔立ち。日の差すことのない薄暗い橋の下でも、色白の肌は透きとおるようだった。


はじめに口を開いたのは、男子だった。
「河野悠さんですよね?」
少年は自分の本名を知っていることに驚いた。
「俺はお前に会ったことはないが、どうして俺の名前を知っている」
「みんな知っていると思います。田舎の小さな学校ですから、めったに転校生なんて来るることはありません」
「東京から来たんでしょ?」
「そんなことまで知っているのか」
「東京の学校では危ない奴だったって、先輩が言っていました」
「先輩?」
「近所に住んでいる、河野さんと同じ三年生の先輩が」

確かに東京では素行は悪かったかも知れないが、危ない奴だと言われたことは一度もなかった。どちらかと言えば仲間で群れるより、独りでいることのほうが多く、自分でもそれを望んでいた。
少年は、この男子が自分の東京での生活をどこまで知っているのか、見当もつかなかったが、たぶん近所の噂話が広まったのだろう。他人から見れば、あの忌まわしい父親の血を引く自分にも、危ない暴力的な素養があるように見えるのだろうか。少年はショックを隠しきれなかった。
「危ない奴かぁ・・」
「俺は危ない奴に見えるか?」
「まあ、少し」
「でも、でも僕、学校で河野さんの姿を見て、凄く興味が引かれたんです」
「俺に興味?」
「ええ、興味って言っては失礼だけど、この中学にはいない雰囲気を感じて」
「だから僕、ずっと河野さんのこと追ったんです。いつも家にはいないようだし、どこに行くのか分からなかった。河野さん学校に来ても、すぐ帰っちゃうから」
「でも、河野さんが僕のお気に入りのこの場所に、よく来ることが分かって本当に驚きました。今日も必ず来ると思って、どうしても一度、河野さんと話したくて、学校ズル休みして待っていました」
「ふーん、俺に興味ねぇ・・」
気のない返事をした悠は咥えタバコで、両手をポケットに突っ込み、威圧的な態度で男子を見下ろした。男子は悠がタバコを吸うことに驚くことも不快な顔をすることもなく、立ち上がり自己紹介した。
「僕、柳田修といいます」

「お前、ここがお気に入りの場所だと言ったけど」
「ええ、ここの見晴らしは最高だから」
「でも本当は、嫌なことがあったり、独りになりたい時に来るんです」
遠くの海岸線に目を向けた修の憂いある横顔。悠は自分もここに一人でいるときは、あんな顔をしているのかと思った。
「ぼうっと、この絶景を見ているだけでいいけれど、ここは、いつでもゲーム・オーバーすることも出来る誘惑もあるから」
「ゲーム・オーバー?」
「うん」
「その気になれば、ここから飛び降りればいいんだから」
冗談とも本気とも取れない振り向いた修の笑顔に、思わず悠も笑顔を返した。

それから二人は、時間を合わせては、頻繁にここで会うようになり、東京のことを聞きたがる修に、悠は少し大げさに脚色して東京のことを話し、「お前のような大人しい奴は、東京の学校ではパシリにさせられるぞ」と悠の脅かしに、修は膨れっ面で笑って応え、冗談の通じるほどの仲になっていった。


続く。



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