夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

武蔵野奇談 「雨跡」



陽は西に大きく傾くも夏の夕刻は明るく、時間通りに迎えに来た娘の運転する黒いジャガーの
後部座席に腰を下ろした礼一郎。血のような真っ赤なシートが落ち着かなかった。
娘の流麗な運転で滑るように走るクルマ。
連れてこられたのは天文台近くの小高い丘の庭木が茂るモダンな平屋。
出迎えに現れた脚の不自由な尊母にダイニングルームに案内された。
年代物のシャンデリアが点り、アンティークの重厚なテーブルには
すでに食事の用意がされていた。

「榎木様ようこそお出でくださいました」
「昨日はあのような雨の中、お助け頂き誠にありがとうございます」
「いえ、礼には及びません。本日はお招きありがとうございます」
「申し遅れました。真女子の母、小笠原、女の夫と書いて『みょうと』と申します」
「小笠原家では代々名前に「女」の文字を使う決まりがございます」
「娘は真の女子と書いて『まなこ』私は女夫」
「粗末な料理しかお出しできませぬが、今宵はお寛ぎいただきとう存じます」
「大変モダンなお住まいと拝見いたしました」
「ありがとうございます。此処は真女子の曽祖父が戦後おりました」
「曽祖父はアメリカ生まれで、この辺は接収された調布飛行場があった関係で、
アメリカ軍人の住宅地になっておりました」
「あのサッカー場がある所も接収されていたところでございます」
大きな窓から眼下に味の素スタジアムが見えた。

「このようなことを榎木様にお話してよいかとは思いますが、
四月に交通事故に遭いましてこのような身体になってしまいました」
「それはお気の毒に」
「事故に遭うまでは浜田山で何不自由なく動いておりましたのに・・」
「浜田山ですか?」
「はい」
「奇遇です。三月まで浜田山に住んでいました」






食前酒で乾杯し、次々と並ぶ真女子の手料理の数々。
料理の腕に感心しきる礼一郎に、はにかみ顔を赤らめる真女子。
そんな娘に目を細める母、女夫。親子の仲睦まじい姿に自分の境遇を重ね羨むも、
しばらくぶりの楽しい食事に礼一郎は満足した。

デザートを勧められ、凝った猫足の彫刻が施されたソファーに寛いだ礼一郎。
ふと足元に一匹の黒猫。礼一郎の脛に顔を擦り付けると、何を思ったか、
ぴょんと膝の上に乗り身体を丸くした。
「あら、チコちゃんいけません。お客様に失礼な」
「はは、構いません。可愛い猫ではありませんか」
撫でられた猫は喉を鳴らした。

「榎木様お許しください。でも珍しいこと」
「人見知りの激しいチコがこんなに馴れるなんて」
「浜田山に居た頃は、よく野良猫が来ていました」
「越す前も尻尾が長く、金色の猫が迷い込んできましてね」
「栄養失調で痩せた猫でしたが顔だけが大きくて、“金太郎”と名付けましてね」
「人懐こくて頭のいい猫で私が帰宅すると門まで迎えに来てくれたりして・・」

「その金太郎が、子猫を連れてきましてね」
「洋種の雑種でしょうか器量のいい猫でした」
「まだお乳を欲しがる生まれっ子で、なんとオスの金太郎が自分のお乳を吸わせて」
「そのいじらしい姿に私は、猫の哺乳瓶などを用意したりして」
「元気なオスの子猫で木登りが好きで、“小太郎”と呼んでいました」
「その二匹も私の引越しが分かったのか、突然居なくなりましてね」
「生きているといいのですが・・」

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