夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ひと夏の経験 11

信じがたいことですが、生まれて初めて遭遇した本物の幽霊が、誰もが思い描く幽霊とはあまりにもかけ離れ、俺は親しい友人のような気楽な付き合いしている。
しかし、果たして生死の境をさまよう小早川さんにとっていいことなのか。
特殊な事情があるとはいえ、家族に知らせないでいいのか。小早川さんの口からは家族云々の話は全くないが、俺はとんでもない間違えをしているのではないのだろうか。
ひとりで抱え込むにはあまりにも重大な事態。頼りにできるのは雅子ママしか思いつきませんでした。もう一度雅子ママと真剣に話をしなければなりません。俺は雅子ママの助けを心から求めていました。
長い呼び出し音の後、電話は繋がりました。
「あのー雅子ママさんですか?遠山です」
間を置いて、酒がれしたあの声が耳にこもりました。
「あっ、遠山さん」
「――名刺、気づいたのね……」
昼間のこの時間、休んでいたのでしょうか、ダミ声が少々気落ちしているように聞こえました。

暑いから、お疲れのようだから俺が行きます。いえ大丈夫、私が行くわ。押し問答の末に、私に行かせてちょうだい!と例の強い口調で凄まれ、雅子ママが笹塚に来ることになった。
約束の時間に笹塚駅近くの商業ビルの前にタクシーが止まり、ゆったりした白いブラウスにパンツ姿の雅子ママが降りたちました。
昨夜のお店での印象と全く違う姿に、雅子ママの素性を知らない人には、どこにでもいるおばさんのように見えると思います。やはり疲れているようで、大儀そうに肩で息をしています。
込み入った話が出来るように、俺はビルの二階にある広いカフェに誘いました。ここは安サラリーの俺には敷居が高い店ですが、メイド服のウエイトレス見たさに時々出掛けます。
小柄なメイドさんに案内され駅前を見下ろす窓際の席に向かいあって腰を下ろしました。
「可愛いメイドさんだこと。ね、遠山さん」
雅子ママはニヤリと笑い、今日もメイド姿に一瞬目を奪われた俺は、気まずさをごまかすため額の汗をおしぼりで拭いました。

「遠山さん、無理やり呼び出してごめんなさい」
「私もノリ子も信じることなどできなかったけど、あそこまで言われるとなんだか怖くなっちゃって。でもね今も正直言って半信半疑なのよ……」
あそこまでの話とは、雅子ママとノリ子さんと付き合いのある者、まさにユミさんしか知り得ない二人のプライベートなことでした。
「遠山さん、あなたには失礼だったけど、一刻も早くお店から出ていってほしかったの」
「ノリ子は若いだけあって、オカルトチックなことを信じやすいのね。妹のように可愛がっていたユミちゃんが幽霊に化けたって、ノリ子の落ちこみが半端なくて。私、お店の子たちにどう説明したらいいのかわからなくなって……」
「私、長いこと夜の商売をやっていてね、信じてだまされて辛酸をなめたことがいっぱいあるわ」
「それでもね、事がユミちゃんの生死に係わることだから、もう一度、できれば昼間にお会いして、きちんとお話ししなければいけないと思って、名刺をポケットに入れたの」
「もしあなたが適当なこと言っていたなら、昨夜の話がデタラメなら連絡はしてこないでしょうから、あなたを試したの」
「だから、電話、掛かってこないでって、ずっと祈っていたわ」
「悪い冗談なら、後々までお店で笑い話になったのに—―遠山さんから連絡もらって、冗談じゃなくて本当なのって、怖くて震えた」
「遠山さん、ユミちゃんの荷物を預かっているって言っていたわよね?――まだ、あなたを疑るわけではないのよ。それを確かめられたらと思って」
俺を見据える雅子ママの真剣な眼差しに頷きました。
百聞は一見に如かずとはよく言ったものです。俺の説得力の無さ、話し下手で雅子ママにいくら説明しても信じてはもらえませんでしたが、預かっているユミさんの衣装を見てもらえば一目瞭然です。

運ばれてきたアイスコーヒーを一気に飲み干した雅子ママはおかわりを頼み、俺はその豪快な飲みっぷりに圧倒されながら、小早川さんと歩いた夜の散歩のことを話しました。
お店から追い出され、不機嫌だった幽霊の小早川さんと花園神社に立ち寄り、幽霊に驚くカップルをしり目にお参りしたこと。
小早川さんがT大付属病院の集中治療室にいることをその時はじめて知ったと告げると、あきれ顔だった雅子ママの顔色がみるみる曇りました。
病院の前で別れると二度と会えないような気がして、小早川さんをマンションまでの散歩に強引に誘い、ユミさんに会ってみたいと迫っても、小早川さんは返事をしなかったこと。
それでもベッドに並んで腰を下ろすと、安心したように寝息を立てる小早川さんに安堵し、うたた寝している間に小早川さんが消えていたことを。
「遠山さん、ありがとね。ユミちゃんの隣にあなたがいて本当によかった……」
ハンカチで目頭を押さえる雅子ママに、子を心配する母の母性を感じました。


黒いレースの日傘を差す雅子ママをマンションまで案内しました。遠目に見えたパトカーがマンションの玄関前に止まっていて、雅子ママと思わず顔を見合わせました。
7階でエレベーター降りると、俺の部屋の隣、704号室、小早川さんの部屋のドアが大きく開かれ、午前中だけいるユニフォーム姿の管理人さんが不安げな様子で廊下に立っていました。
そこが小早川さんの部屋であることをすぐに察した雅子ママは俺の腕をきつく握ります。不吉な予感で血の気が引きます。管理人さんと視線が合い、俺は挨拶しました。
「こんにちは。隣の遠山ですが、小早川さんどうかしましたか?」
俺は平静を装い尋ねました。
「――連絡がつかないそうで……」
管理人さんは俺にどこまで話していいのか、困惑した表情を向けます。
部屋の中には二人の警察官と初老の男性が立っていました。
俺は中の三人にも聞こえるように言いました。
「弓弦さんとは先週末会ったばかりなのに……」
小早川さんの本名を名乗り、全くの他人でもないことを匂わせると、一人の警察官が戸口に出てきました。
「こちらお隣の遠山さんです」
すぐさま管理人さんは俺を紹介しました。俺と雅子ママを一瞥した警察官は後ほどお伺いすることがあるかもしれませんと言い残し、部屋に戻りました。

警察官の不愛想な対応に管理人さんは戸口を離れ、俺たちを手招き、声を潜めて事の次第を聞かせてくれました。
「小早川さんのお勤め先の方が、小早川さんと連絡がつかないからと、管理会社に連絡をいただいて、私が部屋を見に行ったのですが、留守でした」
「管理規約でうちの会社が勝手するわけいかないので、小早川さんのご家族に連絡して、お父さんがいらっしゃったのですが――ドアに鍵が掛かっていなくて……警察に立ち会ってもらった方がいいと、お父さんの承諾いただいて、私が通報しました」
「まあ!」
事の成り行きのすべてを知り、思わず上げた雅子ママの性別不明の声に不審な眼差しを向けた管理人さんに、俺は咄嗟に出任せを口にしました。
「叔母です」
俺は振り返りざま雅子ママに目配せしました。
「はじめまして。いつも甥がお世話になっております」
雅子ママは落ち着き払って管理人さんに頭を下げました。さすが雅子ママの切り返しに舌を巻きました。

「そ、それじゃ小早川さんは、ま、ま、痛テ!」
雅子ママは俺の腕を荒っぽく引っ張り、強引に会話を打ち切らせ、何度も笑顔で管理人さんに会釈し、急いで俺に部屋を開けさせました。俺の背中を突きとばし玄関に押し込め、慌ててドアを閉めました。
「もう遠山さん、なに言いだすかハラハラしたわ。お店で話したような幽霊のことを警察官に言ってごらんなさい。大変なことになるから」
俺は小早川さんの身元が、まだ分かっていないことに落胆して、ベッドに座り込み肩を落としました。
「でも、でも、早く、家族に知らせないと……」
「そりゃそうだけれどさ、私たちだってあなたの話信用できなかったのに警察が信用すると思っているの!」
「よく考えてごらんなさいよ。連行されて尋問受けて、訳の分からない話をすれば、犯罪の嫌疑をかけられ、社会人の立場が無くなるわよ」

世間知らずに手を焼き、やれやれと呆れた様子で雅子ママが隣に腰を下ろし、俺の膝をポンと叩き揺すりました。
「遠山さんって、やさしくて、バカが付くほどまじめで他人思いで、危なっかしくて見ちゃいられないわよ」
「でもね、ユミちゃんの手助けしてくれて、本当に感謝している」
「前にね、ユミちゃんから聞いたのだけど、さっき部屋にいたユミちゃんのお父様、厳しい人でね、まあ、私から言わせれば分からず屋だけれど—―学生の頃ユミちゃんが派手な色の服を着ると、オカマにでもなるのかと、すごい剣幕で殴られて。台所でお湯を沸かしただけでも怒鳴られたそうよ」
「お母様はユミちゃんのこと何となく気付いていて、庇ってくれたのだけど、お前のしつけが悪いと、お母様まで叱られてね」
「だからユミちゃん、部屋の物をお父様に見つかると大変なことになるって思ったのね。お母様に迷惑掛けられないって倒れても気が気じゃなかったのね」
なぜ小早川さんが幽霊になってまで、俺に助けを求めたのか納得し、ひとつ肩の荷が下りた気がしました。それでも、浮かぬ顔の俺を気遣い、雅子ママは慰めてくれました。
「遠山さん心配ないって。警察は優秀よ。今日中に病院にいるユミちゃんの身元は判明するわよ」

俺は雅子ママの言葉に力なく頷きました。そして、部屋の隅にシーツで包んで隠しておいた小早川さんの預かり物、山積みの女性衣類を見せました。
「部屋から持ち出してくれた物ね。どれも見覚えがあるわ――ユミちゃんたら大騒ぎさせて……」
雅子ママは一着ずつハンガーが付いた洋服を手に取り、衣装ケースの中身を確かめるように蓋を開けました。
「遠山さん、衣装ケースの中身見た?」
「いいえ、他人様の預かりものですから」
俺はきっぱりと答えましたが不安になりました。
「何か貴重品が入っているのですか?」
「貴重品と言えば、貴重品かしら—―コ・レ!」
雅子ママはいそいそとケースからパンティーを取り出し、俺の前でひろげました。一枚二枚、何枚もの色とりどりのパンティーが目の前に並びます。顔を赤らめ目を泳がす俺にトドメの一発!
「こんなに小さいの、私にはお尻がはみ出ちゃうわ。見て!」
アソコの部分が透けた真っ赤なパンティーに目を奪られ……俺は恥ずかしくも驚嘆の息を音を立てて呑み込みました。
「こういうものが童貞ちゃんの甥っ子の部屋にあったらマチガイの元だわ。叔母さん心配だから、すぐにノリ子に取りに来させるわ」
そう言ってほくそ笑んだ雅子ママは、惜しむ暇なくサッサと仕舞ってしまいました。


つづく。


にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL短編小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nighttale.blog97.fc2.com/tb.php/156-aa93ae5b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。