夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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ひと夏の経験 10

薄目を開けると、朝日と呼ぶにはいささか強い陽が、カーテンの隙間から差し込んでいました。ぐりぐりと目をこする。まだ昨夜の出来事の余韻が残っていて、身体が重かった。
搬入先のT大付属病院の前で集中治療室に戻ることを躊躇した小早川さん。ここで別れたら二度と小早川さんと会えないような胸騒ぎを覚えた俺は、無理を承知で病人の幽霊にマンションまで歩かせたが、俺も小早川さんも夜の散歩を満喫したことに後悔はなかった。
それでも疲れた様子をみせた小早川さんは無事に病院へ戻っただろうか。
ベッドに座り込み、ぼんやりとスマホを眺める。誰もいない道をならんで歩きながら交わした会話、俺の隣で寝息を立てる小早川さんの姿が脳裏に蘇えります。

私ね、ママのお店を手伝わせてもらってから、安心したというか、いろいろな悩みから解放された気がする。お店の人はみんな人生経験豊富で、私のような中途半端な人間の、誰にも相談できないことを真剣に聞いてくれて、すっごく救われた。調子に乗って怒られたこともあったけれど、素直に謝ることが出来たの。

ノリ子姉さんはね、女性とはこうあるべきで、こうすべきだと想いというか信念があるの。ママもそう。恋愛に真剣で、惚れた相手に人一倍つくして。
でもそれが相手に伝わらず裏目に出ることもあって、すごく落ち込むの。見ていられないぐらいに。
でもねすぐに新しい恋人を見つけて、あんなに落ち込んだこともすっかり忘れて、ケロッとして嬉しそうにのろけて、それを聞かされたみんなもハッピーな気持ちになって、乾杯!ってね。
男は女性とちがって失恋を引きずるけど、ママもノリ子姉さんもそんなことないように思える。強い女性の心持かな。

私はどうかって?ユミになりきって、いろいろな人に出会って、心惹かれた人もいたけれど、恋愛に発展するまでにはね。正直怖い気持ちがある。まだそれ以上に夢中になれる人と出会ったこともないな。それに軽率な行動でノリ子姉さんに迷惑かけちゃたから。
私のような人間に興味を示す人は、男性ばかりででなく女性にもいるよ。セクシャルな興味を持っている人もいる。そのほうが多いかもしれない。
じつは俺もそのひとりです。小早川さんは俺の気持ちなど、とっくに気付いていただろうが、俺は今さらながら小早川さんに白状しました。
ユミさんの画像を見せられた俺、アイドルとは違う親近感を覚えて、一目惚れしちゃって。頭の中で自分勝手な筋書き立てちゃって。
ねえねえ、どんな筋書き?知りた~い。
秘密です!
ちぇ秘密か……。頬を膨らませた小早川さんのすねた仕草に、俺はなぜかうろたえてしまった。

がっかりした?ユミの正体が男だったことを知らされて。
びっくりしました。テレビに女性と見間違う綺麗で可愛い人が出るじゃないですか。俺には関係ない世界のことだと思っていたけれど、まさかお隣に住んでいたとは思いませんでした。
俺、だまされたなんて思っていません。ユミさんの正体が小早川さんだったと知った今も、ほんとにへんな意味じゃないのです。変な考えじゃないです。一度お目にかかりたかったなと。
お世辞でも嬉しいな。小早川さんのちょっと冷めた口調に、なぜかムキになった俺。
お世辞で言っているんじゃないです!
それじゃ怖いもの見たさの好奇心?
幽霊より怖いものがあるのか、小早川さんは自分が幽霊だということを本当に理解しているのでしょうか。
それに、預かっている衣裳はどうすればいいのです。
着ていいよ。遠山さん、自分の知らない新しい世界が広がるよ。
この俺が似合うと思います?
俺の頭のてっぺんから爪先まで視線を這わせた小早川さんの、思わず漏らした小さな溜息を俺は聞き逃さなかった。

私もね、はじめは鏡に映る自分の姿を見て、ひとり何をやっているのだろうと自己嫌悪に陥ったけれど、体形の課題が見えてきて、それをひとつひとつ克服していくと、あら不思議
見栄えは少々悪いけれど女の子に化けちゃった。
ものは試しにネットで公開すると、つぎつぎ人が褒めてくれてね、そうなると頑張るって欲が出ちゃって、理想の女性像を追い求めてね。
鏡の中の女性に恋してしまうまでになれば、もう無敵かな。
二重人格ということですか。
二重人格とは違うと思う。究極のナルシシズムかな。自己愛、自己陶酔。
それって、ママさんやノリ子さんも同じ気持ちなのでしょうか?
そうね同じ感覚かな。いえ、ママやお姉さんは私のように外見、形からのナンチャッテではなくて、鏡の姿に自分の内心とのギャップに悩んで、本当の自分、本来自分はこうだったはずだと、その姿を毎日真剣に追い求めているの。
なんだか難しそうです。不器用な俺には無理です。それよりユミさんとは会えないのですか?
遠山さん、実物のユミに合って、がっかりして幻滅するかもしれんないよ。
そんなの会ってみなければわかんないでしょ!
鼻息を荒げた俺の物言いに歩を止めた小早川さんは、小さな黒い虫が飛ぶ街灯を物憂げな表情で見つめていました。



冷蔵庫を開けてみたが、朝食になりそうなものは何もありません。買い物に出掛けようと思い立ち、ついでにノリ子さんのファンデーションで汚れたスーツをクリーニングに出さなければと、上着のポケットを検めるとピンクの小さな名刺が出てきました。
それはクラブ雅の雅子ママの名刺でした。思い返しても雅子ママからもノリ子さんからも名刺をもらった記憶はありません。
名刺を裏返すと、流麗な文字で『ユミのことでご相談があります ご連絡ねがいます』
と走り書きされ、携帯の番号が書かれていました。いつポケットに入れられたのか。雅子ママにすごい剣幕で背中を押されて店を追い出された、あの時かもしれません。それ以外は考えられません。
マジックのようなことが出来るのは、水商売の長いキャリアからでしょうか。
感心している場合ではありません。ユミのことで相談とは尋常ではありません。短い文面からママさんの切迫した気持ちが伝わってきます。
一瞬また怒鳴られるのかと気が重くなりましたが、指はすでにスマホのダイヤルをタッチしていました。

つづく。


この度の西日本豪雨により被災された皆様ならびにそのご家族の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

長いお休みを勝手に頂き、ゴメンナサイ。



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コメント

また書いてください。

また、書いていただけるのですね。
楽しみです。

  • 2018/07/31(火) 19:15:28 |
  • URL |
  • #T8br11G2
  • [ 編集 ]

ありがとうございます

舞 様
ありがとうございます。嬉しいです。
なかなか思うように進みませんが
ご期待にそえるよう、がんばります。

  • 2018/08/01(水) 14:51:39 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

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