夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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ひと夏の経験 9

まいった。
俺の交渉スキルの無さが、二人を納得させられないばかりか、怒らせてしまった。行き場のない思いを持て余して、空を仰ぎました。新宿の夜空には月はおろか星さえも見当たりません。
でも、どれだけ優秀な営業マンが誠意を尽くして説明しても、見えないもの、ましてや幽霊のことを、二人に納得させられることができるのだろうか……責任逃れのようなことを考えてもみましたが、小早川さんの無念さを思うと、やはり自分の至らなさを思い知っただけでした。

「小早川さん、ちょっと待ってください」
前を行く小早川さんの背中を追います。小早川さんは振り向くことはありません。
すれ違う通行人が一瞬俺の顔に目をとめます。夜の街では誰にも小早川さんは見えないようです。
靖国通りに出たところで小早川さんに並びました。雅子ママの一言が効いたのでしょう、むずかしそうな顔の小早川さんに詫びました。
「申しわけありません。俺の言葉足らずで」
「遠山さんのせいじゃないです。私が無理なお願いをしたから。ノリ子姉さんだけには分かってほしかったけど……」
カウンターで肩を震わせていたノリ子さんには分かっていたと思います。でもその事実を受け入れることができなかったと思います。

「遠山さん、上着の汚れどうしたの?」
スーツの前襟とワイシャツに付いた肌色の汚れに小早川さんは怪訝な表情を向けます。
「これノリ子さんに押さえつけられた時に付いたのかもしれません」
指先で汚れを擦りましたが、上手くとれません。
「化粧品の匂いがします」
汚れに顔を近づけた小早川さんの表情がみるみる曇ります。
「これファンデーションだわ……傷痕を消す治療を受けたと言っていたけど……」
「きれいには消せなかった――みんな私のせい」
残る傷痕を目立たないようにするため化粧品でごまかす。落胆の色をさらに濃くした小早川さんは唇を噛みしめ肩を落としました。

「――私のことを妹のように可愛がってくれて」
そう言って瞳を潤るませる小早川さんに胸が締め付けられます。気の利いた慰めの言葉のひとつも言えない不甲斐なさが身に染みます。
「でも意外とみんな常識的だったのね。だって、幽霊に会うなんて滅多にないことでしょ、キャーキャー言って大騒ぎしてくれると思ったのに。期待外れ!」
涙を拭き払い、唇を尖らせる小早川さんの強がりにも聞こえる言葉に、俺はどういう言葉を返せばいいのでしょう。

「でもさ、遠山さんが私のこと見えていたから、雅子ママにもノリ子姉さんにも気持ちを伝えることが出来て、まあいいかって。思い残すこともないかなって」
吹っ切れたような小早川さんの言葉と表情に、なぜだか俺の気持ちが収まりません。
「――雅子ママは生身で来いと言っていたじゃないですか。生きてもう一度お店に来いということでしょ、生きることを諦めちゃうのですか」
小早川さんは俺の問いに応えず足を速めます。切ない気持ちを抱え小早川さんを追いました。

明治通りの交差点で立ち止まり、振り向いた小早川さんは一転笑みを浮かべ言いました。
「遠山さん、花園神社に行ったことあります?」
「――花園神社ですか……いえありません」
「ほら、あそこ」
小早川さんが指さす方向に目を向けると、確かに神社の鳥居が見えます。
「行ってみません?社殿は閉まっていると思いますけど」
「――かまいませんけど……」
神社に幽霊とお参りに行ってもいいのか、信心深いわけではありませんが、神様が驚かなくてはいいが……。

交差点を左折するタクシーのヘッドライトの明かりで小早川さんの輪郭が消えます。
「酉の市って知っています?11月の酉の日にお祭りがあって、去年ママとノリ子姉さんと三人で熊手を買いに行ったことがあってさ」
「熊手って商売繁盛の縁起物のことですよね」
「夜も遅い時間だったんですけど、露店の飲み屋さんが何軒も出ていてすごく賑やかなの」
「ママも姉さんもこの界隈では有名人でね、いろいろな人から声を掛けられて、お店に誘われて大騒ぎして」
「今年もママは行くのかなって、思っちゃった」
「縁起物って古いのは納めて、新しいのに買い替えるっていいますよね。たぶん行くと思いますよ」
「――そうよね」
その場に小早川さんが一緒にいるのかは、俺にもわかりません。小早川さんも同じ思いのはずです。

大鳥居をくぐり、花園神社の暗い参道の石畳を歩きます。濃い夜の気配があたりに満ちています。ビルの谷間を抜けると正面に花園神社の立派な社殿がありました。
真夏の夜に静かな暗がりを求めるカップルの多さは、やはり新宿という場所柄でしょう。
石段に腰を下ろし、ささやき合う何人かの男性には小早川さんの姿が見えるようです。
彼らの驚く様子が可笑しくて、小早川さんは両手を体の前に垂らし、お決まりの幽霊のポーズをしてふざけています。

小早川さんと並んで拝礼します。まずは深く頭を下げ幽霊と参拝したことを詫び、小早川さんの回復を祈願しました。
「ずいぶん長く頭を下げていましたけど……」
「小早川さんの一刻も早い回復をお願いしました」
こうなった行き掛かり上、俺は生身の小早川さんを雅子ママとノリ子さんにもう一度会わせ、事の顛末を小早川さんの口から二人に語ってほしかったのです。
「遠山さんて、やさしいですね」
「やさしいなんて、はじめて言われました」
なんだか小早川さんの物言いがやわらかく聞こえ、俺は照れくさかった。

遠山さんに案内したいところがありますと言った小早川さんに手招きされ、トンネルのように並ぶ朱色の鳥居をくぐります。奥に社が見えます。
「遠山さんにぜひお参りして欲しかったところです」
“威徳稲荷大明神”
いとくいなりだいみょうじん。厳かで威厳があり、それで徳もあるということでしょうか。
「ママに聞いたのですが、ここは、子宝、縁むすび、恋愛成就のパワースポットで有名なんだって。上を見て」
なんと驚いたことに鳥居に大きな男性器が祀られています。日本中に男性器信仰があることは知っていましたが、大都会新宿にもあったとは……。
「この神様にお願いすれば、遠山さんにもきっと可愛い彼女さんが出来ると思いますよ」
「――そうでしょうか。俺、みんなからダサイ奴だって言われていますから……」
「そんなことないです。みんな見る目がないです。遠山さんがは本当にやさしいひとです。私つくづく思いました。さあ、可愛い彼女が出来ますように、いっしょにお参りしましょう」
小早川さんに促され俺は威徳稲荷大明神に拝礼した。それでも俺の願いは隣で頭を下げる小早川さんの回復を祈願していた。


花の金曜日、深夜だというのに人の波は絶えない。新宿大ガードの下は、生ぬるい饐えた風が、靖国通りから青梅街道へと吹き抜けていた。高層ビルが、時を刻むように赤いランプを点滅させている。
T大付属病院の手前で足を止めた小早川さんの顔色がさえなくなりました。
「私この病院の集中治療室にいます。こうやって遠山さんといると見ないのですが、ベッドに寝ていることを意識すると、綺麗な湧き水の池の畔にいる自分の姿が見えます」
「湖面に映る自分の姿がユミになっていて、かがんで水に手を入れると気持ちが良くて楽になるの……」
川と池の違いはあるが、俺はすぐに三途の川を想像した。川に入ると痛み苦しみから解放され川向こうのあの世に旅立つ。
「でもその時、遠山さんのことが頭をよぎるのです。遠山さんに逢わなきゃって」
「俺にですか?」
「私のことを遠山さんだけが見えて、会話が出来るから安心できるのかもしれません――自分でも上手く説明できませんが、遠山さんのとこに行こうって」
すべてが説明できるほど、人は自分の心を知りはしないのは、こんな俺でもわかります。
幽霊に魅入られてしまったと思いましたが、ここで小早川さんと別れる気になりませんでした。もし今夜ここで別れたら、小早川さんとは二度と会えないような気がしてなりませんでした。俺の気持ちは決まりました。

「もし身体が無理じゃなければ、俺の部屋に来ます?」
「えっ、いいんですか?お邪魔ではないですか?」
「イイトモ~って、ちょっと古いですね」
「かなり古いね」
満面の笑みを浮かべる小早川さんに俺も笑みを返した。人助けならぬ幽霊助けに、なぜか気持ちが弾みました。

明かりの消えたビル、疾走する車。人通りの途絶えた通りを友人とばか笑いしながら歩く楽しさを俺ははじめて経験しました。
部屋の明かりを消したまま、俺と小早川さんはベッドに並んで腰を下ろしました。
小早川さんの手が俺の手にそっと重なりましたが、感触はありません。
そして俺に寄りかかり安心したように目を閉じた小早川さん。重みすら感じませんでしたが、ほっこりとした気分に浸りました。
俺の力不足で、雅子ママとノリ子さんへの小早川さんの願いは叶いませんでしたが、すやすやと寝息を立てる小早川さんに、少しだけ役に立てたことを実感し安堵しました。

しばらくして目を覚ますと小早川さんの姿はありませんでした。


つづく。


親愛なる読者の皆様、ご無沙汰しております。
案の定、夏が終わる前にお話しを書き終えることが出来ませんでした。
お詫び申し上げます。
言い訳はいろいろあるのですが、絶不調とだけ言わせてください。
続きはまた少し時間が掛かりますが、どうかお許しください。
お義理でも拍手などしていただければ、救われます。



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