夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

ひと夏の経験 7

それは一瞬のことでした。
まさしく電光石火の如くノリ子さんの前腕が俺の胸に食い込み、身体を壁に押さえつけられました。
グルシイ~
ノリ子さんは嘘つきです。自分からは絶対に手を出さないと言っておきながら、このありさまです。
それにしてもなんて力でしょう、女性とは思えません。

ノリ子さんの怒鳴り声で店内が静まり返ります。
なにごとが起きたのか、誰もがこのテーブルを注目しています。
鬼の形相を瞬時に一転させた雅子ママは、さも呆れ困り果てたとばかりに唇と尖らせました。
「もう、こちらのお客様、格闘技がお好きなんですって。ノリ子ちゃんと馬が合って、さあさあ、みなさんご心配なく、ウフフ」
あちこちから失笑が漏れ、店内の雰囲気は元に戻りました。
さすがに百戦錬磨、場慣れしたクラブのママの貫禄を見せつけます。
いえ、感心している場合ではありません。
なぜこんな目に合わなければならないのか、せっかくの花の金曜日が、地獄の金曜日になり果てました。

「お、お二人には、俺が殺人犯に見えます?」
「ミ・エ・ル」
またもや二人の声が見事にハモリます。
「ママ、一見おとなしそうな男が危ないのよネ」
「そうよ。虫も殺さないような顔して、殺人鬼だったりするのよ。ドラマの犯人ってみんなそうじゃない」
「わたし長い間水商売やってるけど、殺人鬼がお店に来たのははじめてよ。怖いわ」
頷くノリ子さんの腕に力がこもります。
グルシー、ダスケテー

このままでは、二人の女性捜査官による恐怖の取り調べを受け、俺は殺人犯に仕立て上げられてしまいます。
誤解が解けず、万が一警察に通報され連行されれば、事の真実は明らかになりますが、会社が知ることにでもなれば、警察沙汰を起こした俺はクビになってしまうでしょう。
どうしてこんなことになってしまったのか、幽霊の小早川さんの話をうかつに信用してしまった俺の下心が原因なのか、それともここは暴力バーだったのか……。

その時です。この危機的状況を救ってくれる天からの声にノリ子さんの押しが緩みました。
しかし残念ながら声の主は小早川さんではなく、件の紳士でした。
何事もなかったように腕を離し両手を払ったノリ子さんは、きまり悪そうに声の主に小さく会釈しました。
「ママ、お取込み中悪いが、今夜はこれで失礼するよ」
「ターさん、もうお帰り?お相手できなくてごめんなさい」
「ユミちゃん、よんどころない用事で今夜は来られないみたいなの……」
「ノリ子、好みのタイプだからって、あまりイジメちゃいかんよ、ハハハ」
「もう、ターさん違うわよ」
腰をもじつかせたノリ子さんは、照れくさそうにグシャグシャになった俺のスーツの襟を丁寧に伸ばしましたが、目は笑っていません。
見送りに立った雅子ママは、俺を横目で睨みます。
「ノリ子、絶対に逃がすんじゃないよ」


息を切らせ大急ぎでテーブルに戻ってきた雅子ママは、大きな顔に流れる玉の汗をハンカチで扇ぎ、取り調べが再開しました。
俺の二の腕を掴むノリ子さんを、もしちょっとでも押し返そうとでもすれば、俺の腕は木っ端みじんに……今まで以上に慎重な対応が求められます。
それにしても、小早川さんがユミさんとは一体全体どういうことなのでしょう。
「ち、ちょっと待ってください。お二人ともなにか勘違いしてませんか?」
「隣の小早川さんは男ですよ、ユミさんは小早川さんの彼女です」
「オマエ、寝言言ってんの?寝言は寝て言えよ」
鼻で笑うノリ子さん言う寝言とは?

「ノリ子、親切丁寧に教えておやり」
あきれ顔の雅子ママは、口を利くのも億劫そうに顎でノリ子さんに指図します。
「よく聞きな。ユミの本名はコバヤカワユヅル、弓矢の弦と書いてユヅル、だからユミ!」
俺は漢字を頭の中に浮かべます。弓弦とは男性女性どちらの名前でもおかしくありません。名前を聞いただけでは性別の判断はできませんが、幽霊の足は確かに男の足でした。
それに興味津々とサシコの写真集に見入る小早川さんの男目線……どう思い返しても小早川さんがユミさんという女性と結びつきません。

さも鈍い奴だと、苛立つ雅子ママは、二本指でテーブルを叩きます。
「ここどこだと思っているの!」
『暴力バー』とでもギャグをとばせば、場が馴染む……馴染むわけないよな……火に油を注ぐのは間違えありません。
「小早川さんから気さくなお店だと伺っています」
「確かに気さくですけどね、気さくもお客様によりけりよ」
「アナタ、本当にウチがどういうお店だか知らないで来たの?」
「お前、いつまで惚けるのか!」
俺の返答に業を煮やしたノリ子さんの衝撃の一言!
「ここゲイバーだぞ!」
「――ゲイバー?……」

口をポカンと開けた俺は店中を見まわします。
「ウソ……それじゃここにいるホステスさんはみんな――オ・ト・コ?」
「チンコ付いてるゼ」
「ノリ子、下品なこと言うのおよし」
なんということでしょう……全身から力が抜けました。
肩を落とした俺の様子が観念した犯罪者に見えたのでしょう、顔を見合わせた二人は、満足げにほくそ笑んでいます。

「アンタ、もう言い逃れできないわよ。ユミちゃんをどうしたの?」
「どうもしていません!」
すべてのことの成り行きを、やっと理解した間抜けな俺は、毅然たる態度で言い返しました。
「小早川さんおとといの昼間、笹塚の通りで、くも膜下出血で倒れたんです」
「くも膜下出血!」
「救急車で病院に運ばれたんですが、意識が戻らなくて、小早川さん、よほど困ったことがあったようで、幽霊になって俺の部屋に現れて、助けて欲しいって……」
「作り話はもうやめて、お願い本当のこと言ってちょうだい、あなたがユミちゃんの部屋に忍び込んで、乱暴して殺したんでしょ」
「なんで俺がお隣とはいえ、見も知らずの、それも男の部屋に忍び込まなければいけないんですか!」
「そんなこと言ったって、ユミちゃんとのっぴきならない関係になったって頷いていたじゃない」
俺はこのときノリ子さんが訊いた、のっぴきならない関係がどういう関係を意味するのか悟りました。
二人の恋愛対象は、俺とは違っているのです。

俺は雅子ママが先ほど言った、男は勘違いはなはだしく、思い込み激しいということを身をもって実感しました。
「お二人とも冷静になってください」
「オマエモナ」
何度も見事にハモル二人の声。

「お二人には信じられないことかもしれませんが、本当のことです」
俺は額の汗を拭い、おとといの深夜からのことを包み隠さず打ち明けました。
幽霊の小早川さんに拝み倒され、7階のベランダから小早川さんの部屋に入ったこと。
部屋にあった女性の洋服と靴、すべてを言われた通り俺の部屋に運び入れたこと。
スマホに保存されていたユミさんの画像を、今夜俺の部屋で帰りを待ち構えていた小早川さんの代わり消去したこと。
ユミさんにもう一度会いたいと憔悴する小早川さんに同情して、一緒にタクシーに乗って店まで来たこと。
そして、今この店に小早川さんの幽霊がいることを、確信を持って告げました。

「ノリ子……この坊や、巷で言う電波坊やなの?」
こめかみで人差し指をクルクル回す、雅子ママの困り果てた顔。

「ママ、面白そうだから、かまってみる?」


つづく。


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