夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

ひと夏の経験 5

俺と小早川さんを招き入れた女性のあとから、落ち着いた明かりの店内を進む。
真直ぐ伸びた長い脚、モデルのように優雅に歩く後姿、それに引き換え俺の膝は緊張でカクカクと音を立てている。スターウォーズに登場する金色のロボットのように、ぎこちなく歩く俺に向ける物珍しそうな客たちの視線が痛い。

テーブル席は大方が埋まっていた。俺は壁際で女性と談笑していた中年紳士の席に案内されます。
「ターさん、ごめんなさい。悪いんだけど席譲ってくださる?ママがこちらの方とお話があるみたいなの……」
ママからお話し――いったいどういうことなのか……不安になった俺は、後ろにいた小早川さんに……小早川さんがいない!
焦って店内を見まわすと、小早川さんは席を飛び回りはしゃいでいます。
はしゃいではいますが、誰も気付きません。今この店の中にいる人たちには幽霊の小早川さんが見えないようです。きっと、ここにいるユミさんにも彼氏の姿は見えいないに違いありません。
悲しくも、愛は奇跡を起こしませんでしたが、俺の誠意が試される状況になったきました。

俺を一瞥した紳士は、どうぞどうぞ、と気前よく席を譲ってくれましたが、すれ違いざま俺の尻をポンとたたき、意味深な薄笑いを浮かべ立ち去っていきました。
意味ワカラン!
ソファーの一番奥を勧められた俺は、案内した女性と並んで腰を下ろし、待ちかねたように、金髪のボーイさんがテーブルを片づけます。
「ちょっとお待ちになって、すぐママが来るから」
彼女から覚えのある甘い香りが漂います。さて、どこで嗅いだのか……。

渡されたおしぼりで両手を拭っていると、ほどなく紫のロングドレスの裾を摘み上げ、真っ赤なエナメルのヒールを見せびらかすように闊歩する、体格のいい女性が笑みを浮かべ俺の前に腰をおろしました。
「はじめまして、雅の雅子です。よろしく」
髪の毛をアップに結い大きな顔がさらに強調されているような印象です。酒がれした声は夜の仕事の年季を感じさせます。
「お隣はノリ子ちゃん」
「ノリ子でーす、よろしく」
「……」
「ああ、遠山です。不慣れで失礼しました」
「いいのよ、こういうお店にはじめておひとりでいらっしゃるのは勇気のいることよ。みなさん二次会とか三次会の流れで、大勢でいらっしゃるのよ」
やはり雅子ママにも小早川さんの姿は見えてはいませんでした。
「おビールでいいかしら?」


ノリ子さんに酌され、三人でお決まりの乾杯で小さなグラスを掲げます。
冷えたビールが緊張で乾いた喉に染みる。ウメ~
「ユミちゃんの紹介と伺って、みんなびっくりしちゃって。あの子今まで一度もそんなことなかったのね」
「失礼だけど、ドアの外の遠山さんの様子がね、なにか訳ありに見えるって、ノリ子ちゃんが言うから、ちょっと気になることがあってね、入っていただいたの」
「ユミちゃんとはいつお知り合いになったの?」
俺とユミの関係に雅子ママは疑問を抱いている。さすがにこれだけの店を切り盛りする女性ならではの鋭い勘に感心しました。
俺は店内に目を泳がせ、小早川さんを捜します。
小早川さんは先程席を譲ってくれた紳士の隣に腰かけ、俺の視線に気づいたのか、微笑みだけを返し、こちらに来る素振りも見せません。
この店に来るまでのいきさつを、二人にどう話せばいいのか、ない頭を絞ります。

「――実は、先程なんです」
「ちょっと待って、先程って、今夜?」
「はい、そうですが……」
「遠山さん、ユミちゃん今夜はお休みなのね。ご存じなかった?」
「えっ、お、おやすみですか?」
小早川さんから聞いていた話と違う現実を突きつけられ、ここは退散した方がよさそうだと、危険を察した胸のカラータイマーが赤に変色しはじめる。
「それじゃ、また改めて……」
腰を浮かせた俺は、にじり寄るノリ子さんに両肩を押さえられ、ソファーに沈みこんだ。
ヒェ~!と悲鳴を上げてしまった俺でしたが、どなたかが歌いだしたカラオケの音に消され気付く人はいません。
「ノリ子ちゃん、乱暴はいけませんよ。遠山さんごめんなさいね、ノリ子ちゃん武術の有段者ですけど、ゴキブリ一匹も殺せないの、本当はとても臆病なのよ」
無言で睨むノリ子さんの怖い顔からは想像できないことでした。怖いお兄さんはいませんでしたが、怖いお姉さんはいました。

「お話の続きね、今夜どこでユミちゃんと会ったのかしら?」
ノリ子さんに退路を塞がれ、頼みの小早川さんには無視され、俺は孤軍奮闘するしかなかった。
「正直に言いますと、ユミさんとは実際にお会いしたことはないんです」
「それ、どういうことかしら!」
急に雅子ママの声が棘立ち、焦りました。ここは誠意を尽くし、慎重に言葉を選ばなくてはいけません。

「えーとですね、ユミさんとお付き合いしている彼氏さんのスマホに保存されていた、ユミさんの画像を見せてもらって――可愛い人だなって思いまして……」
「ナニ、ユミの彼氏!!」
目を丸くさせた二人は驚きで上げた声を、両手で口を覆いのみ込みました。
やはり、お店の中でホステスさんの彼氏の話は禁句なのでしょう、顔を寄せ合った二人は、コソコソ呟きます。
「ノリ子、ユミの彼氏って、知ってる?」
「ママ、聞いたことないわ。だってあの子……」
「そうよね……」
「遠山さんとその彼氏とはお知り合いなの?」
上目づかいに小声で尋ねる雅子ママに、俺はテーブルの上で腰を屈め顔を寄せます。
確かに小早川さんは気さくな店だと言っていましたが、一見客でしかない俺への二人の客あしらいは、フレンドリー以上なものを感じさせます。
やはりクラブと名の付くお店だからでしょうか、先輩に連れて行かされたキャバクラの女の子たちとは全く違います。
俺も自然と声を落としました。

「知り合ったのはおとといの深夜ですが、寝ているところに突然現れまして……」
「サウナかどこか?」
「いえ、自分の部屋です」
「えっ、部屋で寝ているところに、突然!やだ!それで、それで」
なぜか俺の話に身を乗り出した二人は、話の続きを急かせます。
「急なことで驚いたんですが、そんなことはじめてのことですから……」
「怖かったんですが、どうしてもって」
「そりゃ怖いわよ。身の危険感じるわよ」
「それで遠山さんは、その彼とのっぴきならない関係になったのね?」
ノリ子さんの言う、のっぴきならない関係がどういう関係なのか、よく分かりませんでしたが、せっかく打ち解けた雰囲気に水を差すこともないので、俺は軽い気持ちで頷いていました。

「ノリ子ちゃん、そんなこと実際にあるのね」
派手なため息をついて、大きく開いたドレスの胸の弛みを直す雅子ママ。ちらつく豊満な赤いブラジャーに目のやり場に困る俺に、雅子ママはニタッと微笑みました。
母以外の女性の下着、それも情熱的な赤い下着を見たのははじめてです。

「そうよママ、今は信じられないようなことが平気で起こるのよ」
確かに信じられないようなことが俺の身の回りに起こったのです。
「その彼はどこの人なの?」
「隣の人です」
「えっ、えっ、お隣さん!」
「お隣さんが忍び込んできたの?呆れた……でもよく見るとあなた可愛い顔しているもの」
「ねえねえ、遠山さんのお部屋ってどちらにあるの?」
興味津々に瞳を輝かせるノリ子さんは尋ねます。
「笹塚のワンルームマンションです」
「笹塚!ここから近いじゃない。私、引越し考えているのよ」

「ねえノリ子、ユミも笹塚だったわよね?」


つづく。


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