夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ひと夏の経験 4

マンション前で流しのタクシーが拾え、幸先のいいスタートに俺の気持ちは弾んだ。
小早川さんを先に乗せ、初老の運転手に、新宿までお願いします、と行き先を告げ乗り込んだ。
「新宿はどのへんですか?」振り向く運転手に尋ねられ、俺は小早川さんに顔を向け伺う。
「新宿通りを四谷方面に向かうように言ってください」
この運転手には小早川さんは見えないようだ。俺は小早川さんに言われた方向を告げた。

甲州街道に出たタクシーはスピードを上げる。
車窓を過ぎる街並みを見詰め、物思いに沈む小早川さんの横顔、果たして、ユミさんは自分の姿が見えるのか否か……小早川さんの心中を察する。
もし見えなければ、小早川さんの代弁者として俺の言葉を、ユミさんに信用してもらうしかない。頭のおかしな奴の戯言と、気味悪がられないように、ここは俺の誠意が試されるな。
コケティッシュなユミさんにお会しても、舞い上がっちゃいかん。気を引き締めなければ。
でもよ、親身になって彼女の傷心を癒やしてさ、あわよくば小早川さんの代わりにお付き合い、なんちゃって……妄想が膨らむ。
「遠山さん、なにニヤニヤしてるの?」
「してませんよ」
咳払いした俺は、背筋を伸ばした。

「どうして小早川さんが見える人と見えない人がいるのでしょうか?」
平凡な俺に第六感が働くわけもなく、ましてや特殊な能力が備わっているとも思えませんでした。
「私も不思議だったんだけど……何となく分かった」
幽霊が感じる不思議とはいったいどんなことなのよ。幽霊と一緒にタクシーに乗っていることのほうが俺には不思議ですけど……。

「今日、マンションの近所をうろうろしてみたのね。笹塚駅とか、よく行くコンビニ、私が倒れた所とか――道行く人の前に飛び出して驚かせてみたんだけれど、女性には全く見えなくて、ほとんどの男性にも見えなかったのね」
ナニ、女性には見えない!ということはユミさんにも見えない?
まてよ、二人の愛情が奇跡を起こすかもしれない。愛が奇跡を!そんな映画があったよな。
「唯一、私の姿に驚いたのは少年たちだけ。昼間なのに信じられないものを見たと、呆然としていた」

「駅のそばに小学校があるでしょ、前を通ると懐かしいリコーダーの音が聞こえてきて、音に誘われて門を抜けたの」
「私、リコーダー得意だったの。指使いが上手いって褒められてね、ウフフ……」
なぜか妙な薄笑いをした小早川さん。
「音楽室はすぐに分かって、若い女の先生の伴奏で20人ぐらいの子が吹いていたわ」
「黒板に、めざせ金賞!て大きく書いてあって」
「合奏コンクールにでも出るんでしょうか?」
「そうみたい。それでね私、伴奏の先生の後ろで、みんなに向かって両手を振ってみたの、見える~って」
「目を丸くした男子のリコーダーの音がピ、ピヤーって悲鳴のような音に変わって、先生の後ろにお化けがいるって大騒ぎになっちゃって」
「泣き出す子もいて、先生ヒステリックな怒鳴り声上げて、私、焦って何度も謝って窓から逃げ出したわ。そしたら窓に向かってキャーキャー叫んじゃって、ちょっと刺激が強すぎたかしら……」
「怖かったと思いますよ。俺だってはじめて見たとき震えましたから」

リコーダーの音に誘われた幽霊。学校の怪談として語り継がれることは間違いないだろう。
「――ということは、男の子供にだけ見えるっていうことでしょうか?」
「まあ、そういうことだと思う」
「でも変ですね?俺は大人ですけれど、小早川さんが見えます」
「さあ、どうしてでしょうねぇ……」
無理に可笑しそうな顔を押し殺した小早川さんの口ぶりは、俺の頭の回転の鈍さを言いたげでした。

独り言を繰り返す俺のことを訝り、何度もミラーに向ける運転手の視線が気になる。
小早川さんもそれに気付いていたようで、俺の脇腹を肘で小突いた。
「遠山さん、適当な言い訳考えて、運転手さんに言っておいたほうがいいよ。交番の前で止められたら大変よ」
「そうですね……」
「運転手さん、すみません。俺、素人劇団に入っていて、明日までに台詞覚えなくちゃならなくて。独り言呟いて申し訳ありません」
「なるほど、そうでしたか」
運転手の安心した明るい返答に、小早川さんの笑い声が重なる。
「遠山さん、劇団員だったの?知らなかった」
「カンベンしてくださいよ……」


タクシーは新宿駅南口の渋滞を抜け、新宿通りを四谷方面に向かう。いくつかの交差点を越え、小早川さんが指さす路地の入口にタクシーを止めさせた。
小早川さんに道案内され路地を進む。すれ違う人たちは誰も小早川さんに気づくことはない。
ユミさんが勤めている店は、人通りの少ない新宿の奥に建つビルの2階にあった。
派手なネオン看板は無く、俺の知っているキャバクラとは全く違う雰囲気が漂う。
小早川さんに促され狭いエレベーターを降りると、見るからに重厚な木製の扉に閉ざされた酒場の前に立った。

クラブ雅、会員制。
ドアに打ち付けられた真鍮の文字が妖しく光っています。
「クラブみやび……こ、ここですか?」
「そう」
一見客を拒む、得も言われぬ店の佇まいに怯んだ。
「高そうですが……」
俺は薄い財布の中身に気を揉んでいた。
「大丈夫よ、気さくな店だから。遠山さんには迷惑はかけないから心配しないで、さあ、インターフォン押して」
「怖いお兄さんとか出てきませんか?」
「もう、そんな人いないから、さあさあ」
幽霊の小早川さんに太鼓判を押されても、生身の俺には不安がよぎるが、ここまで来たら戻るわけにはいかない。覚悟を決め、壁に埋め込まれた金属製のインターフォンを押した。

しばらくすると、インターフォンが女性の声を発しました。
「会員制ですが、どなたかのご紹介かしら?」
慌てた俺は小早川さんに助けを求める。
「ユミの紹介と言って」
「あの……ユミさんの紹介ですが……」
なぜ小早川さんは紹介者に自分の名前を言わず、ユミさんの名前を出したのか、舞い上がっていた俺は深く考えることはありませんでした。常連客である小早川さんの考えに疑問は感じませんでした。

プチッ、とインターフォンが切られ、長い沈黙……天井から見下ろす防犯カメラが赤く点滅したような気がしました。
ガシャ、とドアが音を立てゆっくりと開き、ドアの向こうに背の高いボーイッシュな女性が、俺を品定めするように視線を上下させ、俺は身構えます。
「いらっしゃいませ、どうぞお入りになって」
2着で29000円のビジネススーツですが、小早川さんの助言に従い、ダサい私服で来なくてよかったと胸を撫で下ろしました。

ドレスコード無事クリア!


つづく。



にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL短編小説へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nighttale.blog97.fc2.com/tb.php/149-9d1ff426
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。