夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

ひと夏の経験 3

翌日、寝不足でミスを繰り返した俺は先輩に怒られ、散々な一日だった。
花の金曜日とはいえ特別な用事もなく、ひとり夕飯を外で済ませ部屋に戻ると、幽霊の小早川さんがベッドに腰かけていて、ぎょっとした。
「お邪魔してま~す!」
心配事が無くなったのか、なんとも明るい声である。
「昨夜はありがとうございます」
なんと返事をしていいのやら迷いながらも、いえいえ、どういたしまして、と愛想笑いする俺は、すっかり営業職が身についていた。

「その後容態は?」
「芳しくないみたいで……でもまだ心臓は動いています」
「勝手に入ってごめんなさい。遠山さんってサシコが好きなの?」
「写真集があったから、好きなのかなって……」
藪から棒に、なにを言いだすのやら、指原莉乃のことである。
まいったな、ベッドの下に隠しといた写真集見つかっちまったよ……赤らむ顔を作り笑でごまかした俺は曖昧に頷く。
中学の時、母親にエロ本を見つけられた時と同じ恥ずかしさがこみ上げる。
「投票とかするの?」
総選挙のことであろう。
「いえ、いえ、そこまでコアなファンではないです」
「それ今話題の写真集だよね?」
写真集に興味を示す小早川さんは、幽霊になってもやはり男である。
「見ます?」
「うん、うん」

膝を突き合わせ、床にひろげた写真集を二人で見入る。
「この子なかなかのボティーの持ち主ね。着痩せするタイプかしら……大胆ね」
ページを捲る度に小早川さんは唸り、感嘆する。
写真集を閉じると、小早川さんは少し色めいた溜息を吐き、参考になった、と意味不明の感想を述べた挙句、なんとも返答に困る問いかけを簡単に口にした。
「遠山さんは、どれがお気に入り?やっぱり、寝そべる下着姿かな?」
開き癖のついたページを目ざとく見つけた小早川さんに、お気に入りをズバリ当てられ、ばつの悪さに話題を変えた。

「ところで、小早川さん何か御用ですか?」
「スマホを取ってきてもらいたくて、お邪魔しました」
小早川さんのスマホはテーブルの上で充電中だった。小早川さんは何も言わなかったのでそのままにしておいたが。
「お安い御用です」
昨夜のことを思えば、容易いことである。
廊下に誰もいないことを確かめ小早川さんの部屋に忍び込む。物音を立てないようにスマホを充電器から外す。
空き巣は入る時より出るときが神経を使うと警察ドキュメントで見た覚えがあったが、廊下で見張り役の小早川さんの「大丈夫」の声を聞いた俺は安心して部屋を後にした。


ベッドに並んで腰かけ、教えられたパスワードを小早川さんに代わって入力する。
表示された何件もの着信履歴を顔を寄せ合い見入る。
「いやだ、こんなに掛ってきてる。同僚に上司に……やだ、実家からも」
「みんな心配していますよ」
その時である、スマホが突然振動し、危うく床に落としそうになる。待受け画面が女性の画像に変わり着信を知らせる。
「あら、ママからだ」
「ど、どうします?」
母親からの電話に慌てた俺はスマホを小早川に向け、顔色をうかがう。
「私は病院だから出るわけいかない。それに私の声はたぶん聞こえないと思う」
連絡のつかない小早川さんを心配する悲痛な叫びにも似た長い振動が止み、部屋に静寂が戻る。 
肩を落とし憔悴する哀れな小早川さんに同情したのもつかの間、小早川さんの、またもや意味不明のひと言に開いた口が塞がらなかった。
「身元が隠せるのは今夜一杯ね」
この人、いいえ、この幽霊一体何者?

「私のスマホがここにあっちゃ大変なことになる。遠山さん、急いで私の電話番号を登録して。でもなにがあっても発信しちゃ駄目よ。ややこしくなるからね」
まず幽霊に電話することはないと思いながらも、言われた通りに早川さんの番号を登録する。
「急いでアルバム開いて!」
アプリをタップすると、若い女性の縮小画像が画面に埋め尽くされる。
「これって、小早川さんの彼女ですか?」
いずれ顔を合わせることになると思ったが、好奇心に駆られた俺は失礼を顧みず、尋ねずにはいられなかった。
「気になる?」
ニヤリと薄笑いをうかべる小早川さん。
「ええ……見てもいいですか?」
「いいよ」

画面中央の肩を出した黒い洋服姿の画像を選びタップする。
栗毛色の髪が肩にかかり、少し幼さを残した細面の女性がミニスカートから伸びた細い両脚を斜に揃え、ソファーに腰かけ笑みを向けていた。
背後の様子から察すると……キャバクラ?
小早川さんの彼女はキャバ嬢?
先輩に連れられて行った池袋の店を思い出す。生まれて初めて行ったキャバクラの雰囲気に圧倒され、しり込みした苦い経験がよみがえる。
俺は先ほどの写真集の仇を取るつもりで、画面に指を走らせた。
しかし、憎たらしいまでの彼女の可愛さに見惚れ、指先のスピードは徐々に落ち、今度は俺が色めいた溜息を吐いていた。

「彼女さん、可愛いですね」
「ありがとう……でも、もう会えないかもしれない」
そうなのだ。生死の境にいる小早川さんは成り行きによっては、二度と彼女に会えないのだ。
俺は同情を禁じえなかった。
「会いたいですか?」
「未練はあるけど……ユミには私が見えないと思う」
「ユミさんというお名前で?」
小早川さんは悲しげな表情で頷きました。

なぜか、幽霊の小早川さんを見える人間は限られているのだ。どのような理由があるのかは俺にもわからない。
「俺にできることがあれば、力になります」
その時の俺は、白状すると実物のユミさんに会ってみたかったのだ、画像のユミさんに一目惚れしていたのだ。
男の劣情を刺激する黒い下着姿の画像も気持ちに拍車をかけていた。
そんな俺の気持ちを知ってか知れぬか、小早川さんの言葉は俺を満足させるものだった。
「遠山さん、一緒にお店に行ってくれます?」

後ろ髪を引かれる思いで、ユミさんのすべての画像を消去した俺は、小早川さん急かされ、スマホを充電器に差し込み直し、一目散に部屋に戻った。
着替えようとした俺の私服を見た小早川さんに、「ダサ!」とダメ出しされ、仕方なくネクタイだけを外し、部屋を後にした。
人様の彼女に会うとはいえ、俺にも花の金曜日がめぐってきたことを実感し、思わず鼻歌がもれる。

「お店はどこですか?」
「新宿!」


つづく。


親愛なる読者の皆様、残暑お見舞い申し上げます。
毎度つまらない拙文にお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
たまには拍手も忖度のほどヨロシク!
楽しい夏休みをお過ごしください。



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