夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

チコ 12

手土産のたい焼きから、予期せぬ話が展開するとはチコは思ってもいなかったが、
芳村はたい焼きを見た妙子が昔話を語ることは当然予想していただろう。
それを承知の上で芳村は、たい焼きを持たせたのだとチコは薄々感じ始めていた。
今まで知ることのなかった芳村と妙子の二人の関係のいきさつを妙子に語らせること。
芳村の思惑は何なのだろう。
今日妙子の自宅を訪問した真の目的、妙子に封筒を届けること。
郵送ではなく直接届けることの意味。封筒の中身は何なのか。チコは気になった。

妙子の口から『命令』という言葉が飛び出し、芳村との関係の原点を図らずも知ったチコはお茶を一口啜り、
妙子の告白を促した。
「それで妙子さんは、芳村の言ったとおりに株を処分したのですか」
「迷ったわ。株価は上昇トレンドに入っていたから」
「でもね、投資格言に『迷わば売れ』というのがあるの。嫌な会社と縁切りしたかったし、
芳村さんの言葉が引っ掛かって、すべて処分したわ」

「退職してしばらくは映画を観たりひとりで旅に出たりして、悠々自適な生活をおくっていたの」
「新しいお勤め先を見つけなきゃという気持ちはあったけど、会社勤めはもういいかなっとも思えて、
近所のスーパーにパートに出たの」
「自分の身の丈に合った職場と言ったら語弊があるけれど、生活感あふれる生き生きとした
スーパーのお仕事は楽しかったわ」
「若かったから、いろいろな人に口説かれたりもしたしね」
「でも心のどこかで芳村さんのことが忘れられなかったのも事実だったわ
。だって株の暴落を見越したように手仕舞いするって言っていたから」


「翌年のいつ頃だったかしら……そうアパートの近所のお宅に桐の木があって、
白い花の甘い香りが道まで広がっていた頃よ」
「突然芳村さんから電話が掛かってきたの。自宅の電話番号は教えた覚えはなかったから驚いたわ」
「今日スーパーは定休日だろって言うし、気味が悪くて尋ねたら、電話口で笑っていたような気がする。
有無を言わせぬ口調でこれから出てこいって言うのよ」


「赤坂がまだオフィイスビルが立ち並ぶ前のことよ」
「駅で待ち合わせて、お茶をいただいて、見せたいものがあるって」
「ナイトクラブのコルドンブルーを通り過ぎて赤坂の外れ、民家が立ち並んだ先の
二階家に連れていかれたわ」
「一階がしもた屋で脇の狭い階段を上って二階のドアの鍵を開けて。ちょっと怖くて、
入り口で立ちすくんだ私に手招きして」
「営業をやめたバーだったの。芳村さん私に任せるって言ったの」
「意味が分からなくて呆気にとられたわ。この人少しおかしいと思った。もちろんその場でお断りしたわ」

「でも妙子さん、オーケーしたから……」
「それからもう、毎日のように口説かれて」
「今思い出しても恥ずかしくて赤面しちゃうけど、上手く乗せられたわ」
「言いなりになるのも悔しいから条件を出したの。私の都合でいつ辞めてもいいかってね」
「それとね、私も突っ張っていたのね、お家賃も決めてもらったわ」
「芳村さん苦笑いして承知したわ。私の好きなようにしていいと。でも結局、どっぷり浸かっちゃったのよね。
水が合ったの」

「どんなお店だったのですか」
「お店の名前は今と同じベラミ。」
「名付けたのは芳村さんで、どこにでもあるような平凡な名前ねと思ったけれど、
どこの街にもあるような名前だからこそいいって
――後々芳村さんが言っていた意味が分かったわ」

「私と女の子一人と男性一人、三人でスタートしたの」
「二人とも芳村さんが連れてきたの。可愛いい女の子で、タレントになるのが夢だって。
男性はチコちゃんも知っている窪田よ」
「えっ、窪田さんですか」
「そうなのよ。だから私、芳村さんと同じくらい窪田とも付き合いが長いのよ」
「窪田のご実家は水商売やっていて子供の頃から見ていたのね、この世界の一から十まで熟知していたわ。
素人の私は彼に言われるまま。いろいろ教えられたわ」

「開店するとすぐにお客様がいらっしゃってくれて。大半は芳村さんのビジネス関係の方たちでね」
「芳村さんの会社の接待なの。同業の不動産会社にはじまって、今では信じられないけど取引銀行、
お役所の職員にテレビか雑誌で顔を見た人もいたわ」
「公に接待できない人たち。だからどこの店で接待を受けたのか外部の人には分からない方がいいのよね。
赤坂の暗がりにある平凡な名前の目立たないバー」
「支払はすべて芳村さんの会社持ちだけど、窪田からお店が芳村さんと関係があることは一切口外するなと言われたわ。
芳村さんなりの計算があったのね」

「どうにか軌道に乗って、芳村さんの事業がまた大きくなったと思ったわ」
「窪田の連れてきた女の子を増やして――その子がとびっきりの美人で、カウンターに立たせると席がすぐ埋まっちゃって」
「私は見ての通りのチビでブスだし、容姿ではかなわないから、会社員時代を思い出して接客に努めたわ」

「でもね、お店は順調だったわけじゃないの」
「芳村さんの事業が大きくなるにつれ接待の回数は少なくなってね。
取引先と立場が逆転しはじめたのね」
「それに時代も変わったのよ。接待に関係なく有益な情報は勢いのある会社にいの一番に届けられるのは
ビジネスでは当たり前のこと、証券会社でも上得意にはそうだったもの」
「不景気風も強くなってダブルパンチ」
「所詮素人のママさん稼業だったと辞めようと思ったけれど、お店の人たちに迷惑掛けられない。
思い余って窪田に相談したの」
「窪田の言葉は今でも忘れられない」
「芳村に負けることになりますよ、いいのですかって言われた……
窪田、私の気持ちすべてを分かっていたのね。
芳村さんに負けたくなかったのよ。でも現実は厳しくて落ち込んだわ」
妙子は当時を振り返るように肩を落とした。


「しばらくして店じまいしていたら、ひょっこり芳村さんが来たの」
「帳簿を閉じた窪田はすぐに帰ったわ。お酒を用意しようとしたら、いらないって」
「カウンターで向き合った芳村さん開口一番、俺はその口紅の色は嫌いだって怒って、
カウンターに小さな紙袋を置いたの。
顎をしゃくって開けろって。舶来の口紅が入っていたの。塗り直せって」
「洗面所に飛び込んで鏡に向かって、出てきたら芳村さん喜んでくれて、嬉しそうな顔して、
これから一週間箱根に行くぞって」
「仕事は休暇だって言うし、急にそんなこと言われたって無理よ。お店が心配だから駄目って、
そしたら窪田に任せたって。
その晩強引に連れ出されたの」

「そのまま強羅の温泉宿で本当に一週間、二人だけで過ごしたの。何もかも忘れて……
愚痴の一つか二つは言ったかもしれないけれど、芳村さん頷くだけだった気がする」
「その一週間で私、本心では芳村さんに負けたくないと思いながら、本当は芳村さんが好きだって……
芳村さんの喜びが私の喜びだと気付いたの――いえ、芳村さんにそう仕向けられた、馴らされたのかもしれない……」
「一週間ぶりにお店に出たらお店の子たちが心配してくれてね」
「私がいなくてお客様が残念がっていたって言うのよ。嬉しかった。よし、泣き言言わないで頑張るって腹を括ったわ」


「芳村さんがそこを再開発することになって、私も商売の欲があって、そのことを察したようにね
窪田が銀座のお店の話を持ってきたの」
「居抜きですぐにでも営業できるお店だったわ。でもさすが銀座。お家賃もそうだけれど、諸々の費用が高くてね、
二の足を踏んだわ」
「でも勝負してみたい。水商売に融資してくれるとこなんてないじゃない」
「そしたら窪田が芳村さんに相談したらどうかと持ちかけたの。それは絶対に嫌だと断ったわ」
「芳村さんの世話にはならない。水商売女の意地よ」

「困った顔した窪田、ため息ついてね、それじゃここに居座っちゃいましょって言ったの」
「どういうことか聞いたら、私がお店に住み込んで立ち退きを拒否しなさいって。
それで芳村さんの会社から立ち退き料をせしめましょうって真剣な顔して言ったのよ」
「お店の決算書見せれば、営業補償も取れるって。笑っちゃうわよね」
「自分のお店から立ち退き料を請求されるなんて思いもよらなかったでしょうにね。
窪田が交渉役を買って出てくれたわ」

「それで妙子さん、本当に寝泊まりしたのですか」
「したわよ。窪田ご丁寧にドアの鍵まで取り替えてね。憧れの赤坂住まいよ、楽しかったわ」
「ちょうど二か月居座ったら、痺れを切らした芳村さん折れたわ。もちろんそれだけじゃ足りなかったけれど」


「思い出してもいろいろなことがあった……」
「楽しかったことも辛かったことも言えないようなことも……不条理なことで泣いたことも……
いつもそばにいてくれた窪田は優しいの、一緒に涙を浮かべてくれて」

「チコちゃんも知っているわよね。窪田は女の子を大切にするの」
「自分のことを後回しにしても女の子の面倒を見てくれているわ。何度彼に助けてもらったか、
彼がいなかったら今の私はないわ」
「でも窪田、あいつ、銀座にお店を開いたとき、私はじめて知ったのだけど、
赤坂のお店を開店した当初から芳村さんの会社の社員だったのよ」
「言葉は悪いけど、私、窪田にまんまとだまされていたの」
「窪田は本当に狸だわ――窪田には定年がないと芳村さん言っていたわ。自分から退職しない限りって」
「でもチコちゃん、窪田はずっとお店からもちゃんとお給料取っていたわよ」


「あっ、私ばかりおしゃべりしちゃって。チコちゃんつまらない話でごめんね」
「いえ、そんなことありません」
「あら、もうこんな時間」
ソファーの上で居住まいを正すチコを引き留めるように妙子は言葉を繋げた。
「チコちゃん迷惑ついでにお夕飯一緒にたべよう」
「そうだ、お鍋にしましょう。ひとりでお鍋するの寂しいのよ。とっておきのアウスレーゼも開けましょうね」


つづく。


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コメント

拍手コメントへのお礼

K様
コメントありがとうございます。嬉しいです。
今回のチコは、ブログの趣旨から少し離れて女性妙子がメインのお話です。ご期待にそえないお話になるかとも思いますが、ご笑読のほどよろしくお願いいたします。

  • 2016/02/22(月) 18:49:42 |
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