夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

オフ会 (前編)

夏の終わりを告げた嵐が空の青さを秋の色に変えていた。
突然掛かってきた大学時代の友人、聡からの電話、新手のマルチビジネスとか、妙な宗教の勧誘ではなかったが、
電話口で聡の声を聞いたとき、俺は何だか嫌な感じがした。
今度の連休に上京するので、俺のアパートに泊めてくれということだった。

聡とはゼミの研究室で毎日のように顔を合わせ、朝から晩まで一緒にいた仲だった。
お互いお笑い好きで、昭和チックなギャグの好みも一緒で、会員は俺と聡の二人だけだったが、
昭和ギャグ研究会を立ち上げ、ふざけ合っていた。(教授たちには受けが良かったが、仲間にはサッパリだった)

卒業してから1年と数か月、別々の食品関係の会社に就職し、時節の変わり目にはメールのやり取りはしていたが、
しばらくぶりの再会に快く承諾したものの、待ち合わせの阿佐ヶ谷の改札口で、腰で小さく手を振り、
俺に向かってくる見知らぬ人物を目にしたとき、自分の嫌な予感が的中したことを確信した。
聡の女装姿をはじめて見たのはその時だった。

「賢司、しばらくぶり」
「――誰?」
「エヘヘ僕だよ」
「まさか……聡?」
聡は恥ずかしそうに何度も頷いた。
しかし恥ずかしくなったのは俺の方で、後退さった俺は聡の存在など無かったようにその場を逃げ出した。
「賢司、ちょっと待てよ!」
女の恰好をした男の太い声に驚いた人達が、駆け出した俺と聡を好奇の視線で追うのが分かった。
ガガガと大きな音を立てるキャリーを引きずり、革靴を鳴らし俺に追いすがる聡。
運悪く行く手を赤信号に阻まれた俺は、息を切らす聡に二の腕を掴まれた。

「賢司、なんで逃げんだよ!」
「お前、よくそんな恰好で来たな!意味わからん!一発芸、それとも罰ゲームか?」
「ギャグじゃねえんだよ。これにはちょっと訳があんの――だけど賢司よ、そんなに見苦しいか?
逃げるほど酷いか?相当気合入れたつもりだけれど……」
「気合を入れた?」

聡の言葉に歩を止めた俺は、横に並んだ聡の全身を上から下まで隈なく眺めた。
男にしては細面で柔和な顔立ち、落ち着いた色の茶髪(もちろんこれはズラだろう。これで会社に行けるわけない)
贔屓目に見れば、普通の二十代の女に見えなくもなかった。
ひざ丈のシャツのようなワンピースが男の体形を見事に隠してはいた。

「――変と言えば変だけど、声を聞かなきゃあ、女に見えなくもない……」
「だけど聡、どうしちゃったのよ?悪い病気にでも罹ったのかよ」 
「まあ病気と言われれば返す言葉はない――話せばいろいろでさ。そのへんでお茶しないか。
この格好で列車乗って遠出したのは初めてで、さすがに緊張で喉カラカラ」


こともあろうに女装姿で現れた聡の羞恥心のなさと不条理に、やりきれない思いが晴れない俺は、
聡と距離をおいて歩き、出来るだけ人目を避けるように路地裏のカフェに聡を誘った。
奥の厨房から離れたテーブル席で向かい合い、聡は大人の女がするように、膝を揃えストッキングの脚を斜めにして座り、
注文を取りに来たウエイトレスは、聡が男であることは気が付かないようだった。

コップの水を一気に飲み干し安堵した聡は姿勢を正し俺に頭を下げた。
「賢司、ごめん。本当は知り合いの誰にもこの姿は見せたくなかったんだ。でも訳あってどうしても
――賢司なら分かってくれると思って……驚かせてすまん」
聡の女装姿に目が慣れたのか、少し冷静になった俺は、畏まる聡に苦笑いした。

「聡にその趣味があったなんて、知らなかった。いつから?」
「大学の時に目覚めたんだけど、本格的にはじめたのは就職して一人住まいしてから。
賢司覚えている、学祭で女装するイベントがあったろ?」
毎年学祭で女装コンテストがあったことは覚えているが、俺にはウケ狙いの仮装大会にしか思えなかった。
それでも優勝したのは俺でも納得する奴だったが。

「お前出場したことあったっけ?」
「いや、ない。でも出たら絶対に優勝する自信はあった」
「ホントカヨ、すごい自信だな――だけど駅で見たとき、こいつヤバイと思ったぜ。
今だって、お前が男だと知っているから相当な違和感があるが、知らない人が見れば、男だと気が付かないかも。
本当に上手く化けている。褒めてやるよ」
聡は照れくさそうに両肩をすぼめた。その女のような仕草があまりにも堂に入り、俺は妙に感心してしまった。

「それで、なんで無理してまで、その恰好で俺のとこ来たのよ?」
「――実は、明日オフ会があって…」
「オフ会?」
「ちょっとしたブログをやっているだけれど、ブロとも三人で一度会おうということになっちゃって……」
「それなら何も俺のとこに来なくてもよかったんじゃねえ?秘密をばらすこともなかったのに」
「賢司の言う通りなんだけれど――じゃあ泊めてもらえないか?」
切羽詰まった聡の表情が険しくなった。聡は俺に、まだ隠していることがあるようだった。

聡の性対象は一般男子と違うものなのか……友情にひびが入ってしまうかもしれないが、
返事次第では泊めることを躊躇せざるをえないと思った。
「せっかく静岡から出てきたんだし、連休は予定もないから何日でも泊まってもいいけれど……」
確信が持てなかった俺は聡に顔を近づけ小声で訪ねた。柑橘系の香りが鼻をくすぐった。
「お前、ひょっとしてホモ?」
「アハハ、賢司、違う、違うよ」
声を上げて笑った聡は顔の前で右手を振り、俺の疑念をきっぱり否定した。
「こんな格好しているけれど僕ストレート。これコスプレの一種」
聡の笑い声に違和感を覚えたのか、ウエイトレスの何気ない視線が聡に集中したのを感じ、
聡の返事に胸を撫で下ろした俺は伝票を掴んで立ち上がった。

しかしその後の展開は俺の想像を超えたものだった。


「綺麗にしてるね。僕の部屋とは大違いだ」
聡は、彼氏の部屋へはじめて訪れた女子のようなことを言い部屋を見渡たした。
「お前が泊まりにくるから、掃除しといた。適当なところに座ってくれ」
斜め掛けの女の物のショルダーバッグを下ろした聡はカーペット敷きの居間に置いたクッションに膝を崩した。
ワンピースの裾から伸びた細い脚が艶めかしく、俺は聡の毒気に当てられたようだった。
「聡、俺の部屋でもずっとその恰好でいるわけ?」
「だめかな?」
「だめじゃないけれど……なんだか落ち着かなくてよ」
「――そう……分かった。着替える。隣の部屋使ってもいいか?」
俺は寝室を顎でしゃくった。

隣の部屋で、ごそごそとキャリーの中身をかき回し、スリムなブラックジーンズと黒いTシャツに着替え終えた聡は、
持参したタブレットのパソコンの電源を入れ、いそいそと俺の脇に腰を下ろした。
Tシャツの緩やかな胸の膨らみに俺は目を奪われた。
「なにその胸!」
「ああこれブラジャーしてる。女装では当たり前だ」
画面を操作しながら素知らぬ顔で答えた。
「ブ、ブラジャーア!」
声が裏返った俺に、聡はTシャツの両脇を摘み、胸を突き出して見せた。
「見てみるか?」
「いや、遠慮しておく」
「みんな見たがるのに……賢司、これが僕のブログだ」
聡は自慢げにタブレットを手渡した。


『森と泉に囲まれたシャトーで見る夢』
「ナンダコレ?」
「僕の住んでいる裏がこんもりした森になっていて、近くに泉というか小さな溜池があってね。
シャトー吉川っていうネーミングの外壁がブルーのアパートを借りているんだ」
「グループサウンズの曲みたいだな」
「やっぱり賢司もそう思うだろ!引っ越しの挨拶に大家の吉川さんに会ったとき、
ブルーコメッツ好きなんですか?って訊いたら、若いのによく分かったねって嬉しそうだったぜ」

画面に目を戻した俺は、指先を少しずつスクロールさせブログの記事を読み始めた。
プロフィール: サトミ
森と泉に囲まれたS県某所で密かに生息しています。
男の女装姿に嫌悪感のある方は、速やかにお戻りください。
記事への拍手、コメント大歓迎です!

「密かに生息って、聡、お前珍獣か?」
最新記事は先月の日付で『オフ会決定!!』だった。

来月の連休、ブロともの優子さん、ヨシリンさんと東京でオフ会を開くことが決まりました。(ヤッホー)
初めて女装での遠出、サトミ気合を入れて出掛けてきます。
「K君もぜひ誘って」とお二人から強いリクエストがあります。まだK君には話していないのですが、理解ある彼のこと、
一緒に行ってくれると信じています。
もちろんオフ会の様子は、事詳細に(笑)ご報告します。ではでは(”^ω^)・・・

記事を読んだ俺はどうリアクションしたらいいのか迷っていた。
聡は問うような眼差しを俺に向けている。部屋の空気は明らかに冷えてきていた。
ここで一発ギャグをかませれば場がなじむだろうが……K君という男の存在が気になっていた。

「聡――サトミちゃんよ、優子さんとヨシリンさんというのは、やっぱり……」
「うん、僕と同じ女装子だよ」
「そうか――で、このK君というのは?」
言葉では否定していたが、やはり聡はその気があるのだろうか。俺は聡の顔を見返すことができなかった。
「――う~ん……ちょっと上手く説明できないんだけれど……僕のよき理解者かな」
「理解者ねえ……S県の人?」
「いや、東京の人」
「東京!遠距離恋愛?」
「付き合っていないよ。賢司、さっきも言っただろ、僕はその気はないって」
「それじゃあ、K君とはどんなご関係でしょうかね?」
「ブログに時々登場させる大学時代からの友人――ブログでは友達以上恋人未満になっている」
「ナニ大学だと!俺の知っている奴か?」
「賢司君、君も相当鈍いな。K君だぞ、イニシャルKだぞ」

「――オイ!まさか……俺のこと?」
「ハイ!赤の萩原賢司さん正解!1番から20番まで赤に変わり、エーゲ海の旅へチャレンジ獲得!」
児玉清の口調をまねた聡は、嬉しそうにはしゃいだ。
「萩原賢司さん歓びの感想を!」
「本当にウレシイデス!お母さん見てる?」
「聡、ふざけるな!アタック25やってる場合か。いつからお前の恋人になった!」
「恋人じゃない。正確には恋人未満」
「未満だか以下だか知らんけれど、説明しろ!まさか俺の画像勝手に載せてないだろうな」
慌てた俺は、画面を乱暴にスクロールして画像を探した。アパート部屋だろう、
女装した聡が科を作り微笑む何枚もの画像が画面を走った。

「心配するなよ。賢司の画像は1枚もないよ。大学の時いろいろな所に一緒に行った時のことを
ちょっと脚色して書いただけだから――居酒屋行ったり、ライブ行ったり、卒業旅行で大阪に吉本新喜劇を観に
行ったときのことだとか」
「思い出した。そういえば行く先々で写メ撮っていたな。それブログに載せてたのか?」
「まあそういうこと。実は今回のこと、僕も引くに引けなくなっちゃって……二人ともすごく楽しみにしているみたいで」


精神的ストレスで激しい疲労感に襲われた俺は、重みを増したタブレットを聡に投げ返した。
「それでサトミちゃんよ、まさかオフ会に一緒に行けと言うのではあるまいな?」
「ピンポーン!正解!」
「ヒエー、イヤダヨ、絶対に嫌だ!」
俺の膝に手を置き、にじり寄った聡は拗ねた子供のように懇願した。

知り合いには見せたくないと言っていた聡が、なぜ女装姿で俺の前に現れ、
わざわざ俺の部屋に泊まりに来たのか――俺に逃げる隙を与えない為の口実だったことを、その時理解した。
間抜けな俺は聡の計画にまんまと嵌められてしまった。
ただ一つの救いは、聡から見せられた優子とヨシリンの女装姿が余りにも見事で、
並み居る女性よりも美しく可愛いことだった。俺の好奇心を痛く刺激した。
聡は美女三人?のハーレム状態だとそそのかすが、正直悪い気はしなくなっていた。

明日の予行演習だとほざいた女装姿の聡に引っ張られ、俺たちは夜の街に繰り出した。
できるだけ広い居酒屋を選び、しばらくぶりの酒盛りに興じ思い出話に花を咲かせた。
酔いで瞳を潤ませ目元を赤らめ媚態を演じ、俺を気遣い酌する聡。そんな仕草を聡はいつ覚えたのだろう。
もし聡が本物の女だったら……酔った頭をかすめた妄想を振り払った。

「聡、明日は任せておけ」
聡は満面の笑みを浮かべた。


つづく。


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