夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

フィデリオ


それは一昨年の今頃、見知らぬ家の庭先で彼岸花が真っ赤な花を咲かせていた頃のことです。友人からチケットを貰った私は、声楽科の定期公演を聴きに出かけました。演目はベートーベンの「フィデリオ」でした。終わったのは九時を過ぎ、私は友人を楽屋に訪ね、遅れて外に出たときには、もうあらかた聴衆は散った後で、広場には人っ子一人いませんでした。石段を降りて行こうとすると、ふと木陰のベンチに腰掛けている男を目にしました。
誰か待ち合わせているのかと思い、行きすぎようとすると、男は立ち上がり私を呼び止めました。

「俺のこと忘れちゃた? パーティーでいっしょに飲んだじゃない」
何かの間違いだろうと、無視を決め行き去ろうとすると「そうだ、写真があるんだ。あのときの」とポケットからスマホを取り出し私に向けました。
画面には確かに私が写っていました。グラスを掲げ笑っている私。黒いワンピースを着た私。別の画面には、私が親しげに身体を寄せ合いソファーに座っています。
私は画面から目を離し、男の顔を見ました。きめ細かい肌、長い睫毛、ふっくらとした唇。その顔が持つ印象は悪い感じはしません。仄かなトワレの香り、男の声の、音の、ハスキーな肌障りを思い出し、確かに私には心当たりがありました。

ぼんやりとした心当たりが押し寄せ、胸にひろがった瞬間、私の中からもう一人の私が現れ、男の中からもう一つの姿が現れました。
私は自分が感じていることは分かりました。男とあとをついて歩いている自分の気持ち、身体の感じも分かります。ただまわりのすべてが虚ろで、私は言葉を忘れた口のきけない少女になっていました。



闇の中で、男に抱きすくめられ、むせかえるような乱暴な口付けに曇った声を漏らし、力を無くし揺れる私はベッドに押し倒され、身体を跨いだ男にブラウスのボタンを外されました。
肌蹴た胸を隠すブラジャーのワイヤーを割って、滑り込ませた人差し指の先で、引っ掻くように乳首の先を擦られ、抱きしめられるようにしてホックを外されました。
男の濡れた唇に胸をそらせ、粟立つ身体の芯が固くなります。滑らかなストッキングをゆっくり撫で上げ、膝丈のスカートの中に手を滑らせ、太腿を撫でる男の指が補正下着の奥で息づく股間を這い、艶めいた呻きを洩らした私に、遣る瀬無い溜息を吐いた男の指が、すっと離れました。

「可愛いわ…オトコノコにしておくのが勿体ない」
「でも、わたし、あなたを満足させることはできない」
「ごめんね」
「やっぱりわたしは、オンナノコが好きなの」
素顔に戻った女は淋しそうに肩を落としました。
行き場をなくした欲情が残る身体を起こした私は、ベッドの上でしょげかえる女の涙で濡れた頬をそっと指で拭い、敬愛の唇を当てました。

その後彼女とは、とあるパーティーで小柄な女の子と談笑する姿を見たのが最後で、出会うことはありませんでした。
あの夜、帰り際に「着ないから」と持たせてくれた、紙袋一杯の女性用下着は今でもタンスの中で宝物になっています。






※フィデリオ:政治犯として投獄された夫フロレスタンを妻レオノーレがフィデリオという男に男装して救出する物語から拝借しました。




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コメント

突然の短編、創作意欲がむくむくと湧いてきてらっしゃる、ということでしょうか。
私、不粋なロック野郎(女郎?)なものでフィデリオ、さっぱりわからないんですが、読後の印象として最後には交わることなく閉じられてしまう黄泉比良坂の物語をふいに思い出したりしました。
見当違いなこと書いてたら申し訳ないです。
ところで先生、あの、短編もよろしいんですが、レクターちゃんの続きは・・・・。(さりげなくプレッシャーをかける嫌な読者)

  • 2014/10/03(金) 23:39:04 |
  • URL |
  • ネジバナ #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

ネジちゃん 心温まるコメントありがとう。

それは不思議な体験でした。仕事が一段落し、私物のパソコンを立ち上げ
仕事場のデスクの引き出しから白州を取り出し、かりん糖をつまみに白州を舐め、
さあ、小説の続きをと(←ここ重要)キーボードを叩いていました。

白州の芳醇な香りに、頭の隅が少しだけ怪しくなりだした頃、パソコンの中の吉永美南に
なぜだか天海祐希が乗り移り、わたしに微笑掛けてまいりました。不思議でした…。

白州を注ぎ足し、腕組みし宙を見据えた私に襲い掛かる、激しい妄想。
美南と藍澤先生が暗闇の彼方に消え去り(←ここ重要)現れ出でたのは男装の麗人たち。
水の江瀧子、鳳 蘭、大地真央、真矢みき…。
「風と共に去りぬ」のレット・バトラー「ベルサイユのばら」のオスカル、悲恋の物語。

そして妄想が行き着いた先が、どうしたものか女装した男子と男装した女子とのお話。
男装したレオノーレを主人公としたオペラ「フィデリオ」は、二人の出会いのきっかけとして。

でもやっぱり女子は、竹輪は嫌いだったというお粗末。

カンバック!美南…。

  • 2014/10/04(土) 12:30:38 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

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