夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

東京タワー


この部屋から見える夜景を私は気に入っている。スカイツリーがモダンアートの燭台なら、目の前にそびえ立つ赤いランプが点滅する東京タワーはレトロなクリスマスツリーだろうか。
東京で生まれ育ち見慣れた都会の風景だが、いざ東京を離れて暮らしはじめると望郷の念にかられてしまった。製菓会社に就職して浜松の研究室に配属された私は、毎月一回木曜日の早朝に上京する。本社で打ち合わせと会議に出席した私は、このウィークリーマンションに新谷を呼び週末を過ごす。
単身用の炊飯器とポット、作り付けの食器戸棚に並べられた食器。風呂場のドアの脇に掛けた二枚のバスタオル。遠く離れた私と新谷との秘密の棲家を演出する。



新谷は大学での二年後輩で、吹奏楽部でトランペットの同じパートを吹いていた。小柄な体格ながら中学高校と名の知れた吹奏楽部でトランペットを吹いていた新谷に、にわか仕込みの私は彼の足元にも及ばなかったが、新谷は腕前をひけらかすことなく年上の私を何かと先輩と立ててくれた。
忘れもしない卒業を控えた最後の定期演奏会の打ち上げの居酒屋でのことだった。隣に座った新谷は私との別れを悲しんでくれた。
悲観にくれる先輩思いの新谷に私は悪い気がしなかった。別れを惜しむ新谷を打ち上げが引けた後、酒場に誘ったのは自然の成り行きだった。

薄暗いバーのカウンターに並んで腰掛け、部活の思い出話を肴に杯を重ねていった。少し酔った様子の新谷はスマホを取り出すと開いた画像を隠すように私に見せた。綺麗な栗毛色の髪を膨らませた女の子がコケティッシュな表情を浮かべていた。
「誰?新谷の彼女?可愛いね・・」
大学生活でも特別な彼女が出来なかった私は、正直新谷が羨ましかった。新谷の脇腹を小突いた。
「結ぶ花と書いて結花といいます。でも彼女ではないんです・・」
「彼女じゃないの?それじゃあ兄弟?」
「いえ、姉でも妹でも・・」
「可愛い。紹介してほしい気分だな」
年上の手前、あからさまな本音を隠すようにグラスに口をつけた私は冗談半分に言った。
何かを言いよどむ新谷に、もし私が違う反応を示したら、今とは全く違う展開になっていただろう。
新谷はカウンターに置いたグラスを見詰め、ぼそっと囁いた。
「――実は・・それ僕なんです」
「僕って・・まさか・・」俯く新谷は小さく頷いた。
「えっ嘘だろ!」
はにかんだ様子の新谷だったが、新谷は相当な決意で私に画像を見せたのだろう。嫌われるのを覚悟の上でのことだったに違いなかった。確かに鼻筋の通った、睫毛の長い涼しい目をした新谷を美少年と呼んでも誰もが納得はするが、その見事な変身ぶりに舌を巻いた。余りの驚きに言葉を失った私は恐縮する新谷とスマホの画面を何度も見比べた。新谷に言いようのない興味が惹かれた私は、後輩たちから餞別に贈られた花束を、結花さんにと新谷に手渡した。


翌晩、招かれた新谷の下宿は綺麗に整頓され、昨夜新谷に譲った薄紅色の薔薇の花束が花瓶に生けられていた。襟を白いフリルで飾ったヒッコリー柄のワンピース姿の結花と名乗る女の子の容姿に立ち竦む私は、悪戯っぽく微笑む新谷に手を引かれた。
「お前、ほんとうに新谷?」
「驚いた・・なんだか化かされているような・・」
「先輩、オバケじゃないんだから、化かしてはいないけど、ちょっと騙してるかな・・」頭を掻きながらいつもの新谷の声に安堵した。
昨今、女装した芸能人や、ニューハーフと呼ばれる人たちがメディアに頻繁に登場し、世間に広く認知されていることは知っていたが、私には縁のない世界だった。それがどうだろう、ワンピースの裾から伸びた両脚を品よく揃えかしこまり、女装した新谷が向かいに腰を下ろし私をもてなしてくれる。その立ち振る舞いからは、男の記号が完全に消えていた。それは親しんだ先輩後輩の関係を男女の関係に変化させ、恋愛経験の乏しい私に新谷を女として意識させるには十分すぎるほどだった。

必要以上に新谷を意識し、途切れる会話を繋ぐように新谷は、自分では上手く撮れないと言い訳して小さなデジカメを私に手渡した。レンズに向ってポーズをとる新谷を画面に捕らえシャッターを切る。シャッター音がこだます度に新谷の表情が移ろい、部屋の温度が上がっていった。
冷たい床の上に妖しい光沢を放つストッキングに包まれた細い脚を少し広げ、まるで私を誘うように科を作る新谷の姿をカメラで追った。手の平が汗ばみ、震えだした指で新谷の顔にズームする。新谷の潤んだ瞳はレンズを見ている、それとも動揺する私を見ているのか・・
「――新谷・・・」
声が掠れカメラを下ろし、放心した私に腰を上げた新谷の身体は、重心を失ったように私の腕の中に倒れてきた。その甘い香りと温もり、柔らかさを押し返すことが出来なかった。なぜそうなったのか私には分からなかった。ただ私の身体は新谷の体重を支え、新谷の身体に腕をまわした。私の胸に顔を埋める新谷に愛おしさを感じていた。

初めての口付けは私が誘ったのは覚えている。明りを消した暗い部屋でベッドに倒れこみ、抱き合った。緊張と羞恥心で固まった身体を、柔らかな愛撫で解きほどかされた私は、自らでは決して体感することのない甘く切ない刺激で性感を煽られた。新谷の柔らかな生温かい唇が私の性器をふくみ、前髪が揺れるたびに淫靡な音を上げる。性感の高まりに喘ぎ、小刻みに震えがとまらぬ下半身。二人の行為が禁断であることを私は理解しながらも抗う事は出来なかった。
「し、しんたに!」
ただ新谷の名を叫び、射精を見られることを躊躇い身体を捩った。切羽詰った私を察した新谷の唇が離れ、今にも破裂しそうな性器に新谷の細い指がぎゅっと絡まる。私は目を見開き天井を仰ぎ、呻きを上げた。生まれて初めて他人に導かれた強烈な絶頂に激しく身悶えるしかなかった。




その日から、毎晩のように新谷の部屋に通ったのは言うまでもない。新谷との禁断の行為に夢中になり快感に溺れた。新谷との関係は深まっていったが、なぜか新谷は女装を解くことなく、私に素肌を見せることはなかった。
あれは窓から青白い月の光が、微睡むベッドに降り落ちる晩のことだった。ベッドをそっと抜け出した新谷は洗面所に向った。しばらくして、新谷のすすり泣きに私は目を覚まし、足音を忍ばせ後を追った。新谷は暗闇の洗面所でスカートを捲り上げ自らを慰めていた。どのような言葉を掛けていいのか迷っている私に新谷は気付き、慌ててスカートで股間を隠した。
「あっ、見られちゃった・・」
おどけた仕草で誤魔化したが、鈍感な私は新谷の苦悩をそのときやっと理解した。新谷はこの部屋で一人過ごしながら、時折女装をして、生まれついての身体を認めることができない自分の心に、折り合いをつけていたことを。
「新谷・・ごめんな・・自分のことしか考えなくて・・お前の気持ち、ちっとも考えなくて・・」
「新谷、自分勝手を許してくれ・・」
私は新谷を引き寄せ抱き締めた。
「先輩、気にしないでください・・先輩がよろこんでくれれば、それだけで僕はうれしい・・」
腕の中で嗚咽を漏らす新谷の乱れた髪を撫でた。
「男の裸なんて、見たい人なんかいないよ」
「先輩に嫌われたくなかった・・先輩といるときは結花でいたかった・・」
「でも、でも、先輩が好きで、好きで・・」

ベッドに横たわる月明かりに縁どられた新谷の下着姿は、あまりにも可憐で美しく、目が眩みそうだった。夢見るように瞳を開いて私を見詰める新谷。その瞳の中に意識が吸い込まれていくような錯覚を感じた私は、新谷を本心から好きだと思った。
しかし、それは性的な好奇心の対象であるためだけではなかった。一人の女性として私は新谷を好きになっていた。今振り返ると、普通の恋愛感情とは少し違っていたがそれでも、それは異性に対する恋愛の感情だった。 
素肌が触れ合って密着し、それだけで新谷は泣き出しそうになった。誰かと素肌を合わせることの歓びを、私はその時初めて知った。私の不慣れな愛撫に身悶える可愛い新谷。
新谷の絶頂は見たことがないくらい激しく長かった。もしかすると、女の絶頂も同時に新谷の全身を震わせていたのかもしれないと私は思った。





小さなテーブルの上に好きなものを並べ、二人だけの酒盛り。ほんのり結花の頬が赤らんで、部屋の明りを消した私はカーテンを開けた。
結花は後手についた肩に首をのせるようにして眺めている。柔らかな前髪を垂らし、その髪のかかった潤んだ瞳に東京タワーの明りが溶け込む。
私の背中にあるシングルのベッド。枕元に読みかけの文庫本と小さな灯り。結花の濡れた桃色の蠱惑的な唇がほころび、私を魅惑の夜に誘う。

私の腕の中に天使みたいに可愛い結花がいる。劣情を刺激する真っ白な下着、張り付くような素肌、従順で、貪欲で、とても愛おしい。私に身体を預け、唇を吸われ、焦れったい刺激に眉を寄せる。私たちは官能の地図に分け入り、身体のすみずみに舌を這わせ迷路にはまりこんでいく。二人の願いが重なり、膝を立てた結花の両脚を持ち上げ、丸くて柔らかいヒップを開く。結花の磨き上げられた果物のような指に呼ばれ、蕩けた場所に身体をゆっくりと潜り込ませた。
結花の受けている衝撃に私も巻き込まれ、ひとつになったことを実感する。張りつめた結花の下半身から快楽の渦が直接伝わってくる。汗ばんだ身体を壊しそうなほどにきつく抱きしめる。そして私と結花は、快楽に追い詰められて何もかも奪われるみたいな、切実な声を上げた。
ゆっくりと身体を弛緩させた結花が私に抱き付いたまま、薄らと目を開けた。結花の目尻から、一滴の涙が頬に伝った。なんと可愛い女だろうと思う。私は結花の頬を両手でそっと包み唇を重ねた。


目の前の東京タワーの明りが消え、夜の更けていく音を布団にくるまり二人で聞いた。
「結花、明日東京タワーに上らないか?」
「うん。でも結花でいいのか?」
「もちろんさ。結花を誘ったんだ」
結花は満面の笑顔をほころばせ、私の唇にしゃぶりついた。


夜は私たちのもの。この部屋が欲しい。結花が裸で私の横にいるこの部屋が欲しい。




お詫び

訳があって、しばらくお休みしておりました。
訪れてくれた親愛なる読者の皆様に、心よりお詫び申し上げます。
ごめんなさい。




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コメント

今のTokyoが在りました。

五月晴れの日、ふと気になって伺ったら・・・

わたしも生粋の東京生まれですので、描かれようとしているTokyoの空気感のようなものが伝わって参ります。

うわっ。
何か、作風が変化しましたね!
わたしには身近に感じることが出来る世界観です。

良いですね!


TokyoTower/T.Kadomatsu
http://www.youtube.com/watch?v=oqKMaEIUnjQ

  • 2014/05/03(土) 13:29:08 |
  • URL |
  • 夏川綾香 #RlWufvyM
  • [ 編集 ]

ご無沙汰でございます

夏川綾香 様

ご無沙汰でございます。
コメントありがとうございます。

まだ寒い頃、用事で芝公園に出かけた際、
東京タワーを下からぼんやり眺めておりました。
そのときのことが、お話のきっかけになったような気もしますが、
出来上がったものは、なんだか消化不良なお話で
気がひけております。

それでも、しばらくぶりの更新で、訪れてくださる読者の方も
少ないですが、貴重な拍手を頂き感激しております。

>何か、作風が・・・
自分では気が付きませんでした。
でも、気に入ってくださってうれしいねぇ。









  • 2014/05/03(土) 17:51:40 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集 ]

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