夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

ひと夏の経験 8

俺の話を信じたのか、それとも匙を投げたのか、雅子ママは疲れたと、ソファーにぐったり寄りかかりました。
「遠山さん、アナタの話は分かったわ」
「ユミちゃんが大変なことになっていることは調べれば分かること、信じましょう」
「――でもね、ユミちゃんの幽霊がお店にいるとはどういうことなの?」
「ユミちゃん、死んじゃったってこと?」
「いえ、小早川さんは亡くなっていません。いませんが、意識が戻らないそうです」
「そうですよね、小早川さん?」
雅子ママの背後でにこやかにポーズする小早川さんは頷きます。
「どこ見て話してるのよ、だれもいないじゃない」
俺の視線を追ったノリ子さんは眉を潜めました。

「遠山さん、どうにか話が伝わったようね」
小早川さんは雅子ママの隣に音もなく腰を下ろしました。
「小早川さん、ひどいです、騙して……」
「へへ、ごめん。でも遠山さんが勝手に思い込んじゃったんでしょ?」
痛いところを突かれた俺は、反論することはできませんでした。

「ちょっと、ユミちゃんの幽霊がいるの?」
「お店の中飛び回っていましたが、やっとママさんの隣に座ってくれました」
「えっ、隣に!」
驚いて飛びのいた雅子ママは隣のソファーを凝視しますが、やはり見えてはいません。
「私には、見えないわ。ノリ子見える~」
「見えな~い」
面白くなさそうな声を上げふて腐れた二人は、当然の疑問を俺にぶつけます。

「なんでアナタにだけ見えて、私たちには見えないのよ?」
「俺にも分からないんですけど、小早川さんが言うには女性には見えない……」
「それは分かるわ、女は感性が鈍いから見えないのよ」
ノリ子さんは俺の言葉を遮り自説を主張します。
俺は二人の顔色を窺い、小早川さんから聞いたことを恐る恐る伝えます。
「――それと男性も見える人と見えない人がいるようですが……」
「オカマには見えないってこと?誰なら見えるのよ!」
眦を吊り上げた雅子ママを両手で制しました。
「落ち着いてください」
「オマエモナ」
息の合った二人の見事なハーモニー、恐るべし。

「小早川さん、いろいろ試した結果、小学生の男子と少年には見えるそうです」
「子供にしか見えないってこと?でも変よね、アナタは見えるのよね?」
「ええ……ですから、こんなにややこしいことに……」
俺は助け舟を求め小早川さんに目で訴えます。
いまだに明解な答えを導くことができない俺を、察し悪い奴とばかりに舌打ちする小早川さん。
「遠山さん、まだ分からないの――子供にしか見えないの」
「純真な心だから見える」
「――それじゃ、私たちには見えないわよーねぇノリ子」
「そうよ、もうドロドロに汚れているもの」
二人の冷笑と小早川さんの冷ややかな視線。
「もう遠山さん、童貞にしか見えないってことなの!」
「……」
「――ハハハ、童貞だけ……だそうです」
なぞは解けました。
俺は自分の頭の足りなさ、考えの至らない愚かさを責めました。
自慢ではありませんが、確かに俺にはそのような体験はありません。
酒の席とはいえ、またもや童貞を白状させられた恥ずかしさ、二人はうな垂れる俺を絶滅危惧種でも見るように好奇の目を向けます。
キャバクラの悪夢が蘇ります。


「童貞にしか見えないだと!」
幽霊が見えるのは童貞だけだった。支離滅裂な言い訳に聞こえたのか、雅子ママの爆弾が破裂しました。
「アナタみたいな大嘘つきはじめてだわ!」
「この期に及んで、自分の童貞を棚に上げて、よくもそんなデタラメが言えるわね」
「ネエ、頭だいじょうぶ?」
二人に信用されないばかりか、頭を疑われる始末です。事態はさらに悪化しました。

「ちっとも話が噛みあわないですね……しょうがない、私が言うことを二人に口伝てしてください」
しびれを切らした小早川さんは、もはや仕方ないと自ら解決に乗り出しました。
それはこの店に勤める小早川さん、いえ、ユミさんでしか知り得ない二人のプライベートなことでした。
両手を胸の前で合わせ、恐山のイタコの口寄せを真似た俺は小早川さんの言葉を一字一句反芻しました。

「ママの住まいは高田馬場の駅に近いマンションで、ノリ子姉さんは赤羽に住んでいます」
狐につままれたような顔とは、まさに今の雅子ママとノリ子さんのことを言うのでしょう、
二人はキョトンとして顔を見合わせています。
「ママがお店の帰りに立ち寄る早稲田の居酒屋にいるアルバイトの男の子がママのお気に入りで……」
「――先月その子の誕生日祝いに赤いビキニのパンツをプレゼントしたら、その子お店辞めちゃって、ママ落ち込んでいる……」
ホンマデッカ!
「ムエタイのジムに通っているノリ子姉さんは、そこに来ている一番弱い中年男性に惚れている……」
「――ママは先週……」
「ワカッタ、ワカッタから、もうやめてちょうだい!」
「ノリ子、気味が悪い……これどういうことなの」
唇を噛み締め、向かいの空席をじっと見つめるノリ子さんの表情が曇ります。
「遠山さん、本当のことなのね……」

「本当です。こちらに来たいきさつはお話した通りです」
「ユミちゃんは私たちの声は聞こえるの?」
「聞こえています。ママさんの隣で頷いています」
「小早川さんの声はお二人には聞こえませんよね、俺が代わりに小早川さんの声をお伝えします」

咳払いした雅子ママは小早川さんに向かい合います。
「ユミ、あんたって子は……」
「ママ、ごめんね。急に倒れちゃって、なんで幽霊になれたのか自分でも分からないけど……」
「――隣の遠山さんが私の姿を見ることができて、ラッキー!」
ずいぶん明るい幽霊だと、身振り手振りを交えた俺の口寄せが信じられないとばかり雅子ママは睨みつけます。

「それでユミちゃん、そうまでしてお店に来たのは訳があるの?」
「遠山さんにスマホの画像を消去してもらっているとき、ママから電話があって、良くしてくれたママとノリ子姉さんに、お礼を言わなきゃってね、迷惑だったかナ?」
あの時の電話の相手は、てっきり小早川さんの母親からだったと思い込んでいましたが、雅子ママからだったとは……。
俺をお店に誘う小早川さんの巧みな口実、店の入り口で、あえてユミさんの紹介と言わせ、雅子ママとノリ子さんに俺の相手をさせるように仕向けた策略――すべての謎が解けました。

「迷惑なことなんてないわ。ないけどね、幽霊にお礼言われたって、ましてや他人の口から言われたって、ハイそうですかって気分になれないわ」
明らかに機嫌を害した雅子ママの声が尖ります。
「遠山さんが言うには、あなた死んでないんでしょ?死んでないのに幽霊になって人騒がせな!」
「お礼に来るなら生身の身体で来なさいよ!!」
バーンとテーブルを叩いた雅子ママの剣幕に俺と小早川さんは飛び上がります。
両手で顔を覆ったノリ子さんは、テーブルから逃げるように離れ、カウンターにうつ伏した背中を震わせています。

「もう、帰ってちょうだい!」
怒り心頭を露わにした雅子ママに俺は背中を強く押され、店を追い出されました。
「生身で来い!」
ドアを閉め際叫んだ、雅子ママの怒鳴り声が、耳から離れることはありませんでした。


つづく。


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