夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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チコ 14

芳村を助手席に乗せ深夜の湾岸線を不慣れなクルマで飛ばしたあの夜、
チコは何気ない素振りを装い世話になった妙子の店を手伝う許しを芳村に求めた。
やましい気持ちがあったわけではなかったが、車中を選んだのは
芳村の顔を正面から見なくて済むと思ったからだ。


チコは妙子から店にいてほしいような意味合いの言葉を度々聞いていた。
妙子の役に立つならと、チコの気持ちは固まってはいたが、芳村の許可を得ないことには、いくら妙子の店とはいえ
手伝うわけにはいかない。

しかしチコの話を聞いた芳村は取り付くしまもなく、お前に店で何ができると全く取り合わず、
自惚れるなとチコの願いをはねつけた。
世話になった妙子への恩返しを否定されたばかりか、こともあろうに、妙子と寝てやれと命令された。
芳村をホテルに送り届けたが、困惑と苛立ちに耐えきれず居ても立っても居られないチコは、
静まり返った真夜中のホテルへ戻った。

薄明りの部屋で芳村に睨まれ動揺を隠せぬチコは、かるい気持ちで踏み入った芳村との関係が
重く辛いことを思い知らされた。
命令を拒否することは芳村との関係が終わることを意味していた。
チコの揺れる気持ちが部屋の空気までも震わせる。
長い沈黙の末、自分の立場を受け入れたチてコは小さく頷いた。
そして後悔とも諦めとも違う眼差しを向けては芳村を誘い服従の掟を求めた。
世話の焼ける奴とばかりに乱暴に腕を撮られたチコはベッドに押し倒された。


食後すぐに肩を揉むのは身体によくないと、チコの忠告に唇を尖らせ膨れ面した妙子は、
それではと隣の部屋から何やら大事そうに胸に抱えてソファーに座り、隣に座るようにとぽんぽんと叩いた。
膝の上で開いた赤いアルバムを覗くとチコの写真が並んでいた。
妙子が選びに選んだ衣裳に着替えたチコの写真だった。
衣裳を替えるたびに妙子がコンパクトカメラでチコの姿を撮っていたのは覚えていた。
「うわ、プリントしたんですか」
妙子は口元を緩め頷いた。


あの頃、もちろんチコと呼ばれる以前のこと、杉崎公彦は週末になると新宿の街を当てもなくぶらついていた。
そして気が付けば、いつものガードレールに腰かけ向こう側を眺めていた。
並行する明治通りの枝道は車通りも少なく、川に例えれば川幅はあっても流れは緩やかだと言えた。
横断歩道の信号が赤からまた青に変わる。
向こう岸の街が手招きするように囁きだす。川を渡れば、自分の忘れられないものに出会えるのかもしれない。
それでも足を踏み出すことができなかった。
帰り道、自分の不甲斐なさを嘆いたが、次の休みにはまた新宿へと出掛けた。

連休の昼下がり、その日もガードレールに腰かけ所在無げな公彦に声を掛けてきた青年がいた。
君ここによくいるでしょ。気さくな物言いに顔を上げると人懐こそうな童顔の青年が立っていた。
同じ色を持つた者同志の一瞬の了解。孤独と人恋しさに誘われたカフェのテラスでお茶を共にした。

お互い求めるタイプの違いに、それ以上の関係になることはなかったが、どちらが誘うわけでもなく
次の週末も二人でお茶を供にした。
誰かに胸の内を聞いてもらいたいと思っていた。誰にでも話せることではなかったし、自分の周りには相手も居なかった。
向かいに座るリュウと名乗る青年なら自分の気持ちを分かってくれると思った。

公彦は十代最後の歳から数年間、如何なる時もそばにいた男の存在をリュウに話した。
リュウは公彦の告白を茶化すことなく真摯に耳を傾けてくれた。
親子ほど歳は離れていたが、母子家庭で育った環境からか、男から受ける父親以上の愛情に溺れていたこと。
男が望むサディスティックな行為に歯を食いしばった後の男の優しさ。
押し寄せる蕩ける快感に悲鳴をあげたこと。男は主従関係を強要し公彦はそれを望んだこと。
しかし公彦の前から突然に消えた男。
時が経ち男の身勝手は許すことはできたが、身体に染み込んだ疼きは片時も忘れられない。

僕には君のよう経験はないが気持ちは分かるよ。男ってずっと引きずるからね……。
—―他人の嗜好にとやかく言うことはないけど、異性とだって同性とだって、それは主従関係ではない。
単なるセックスのバリエーションさ。
でも君がそれを望んでいるなら……。
漏らした本音にリュウからある男を紹介された。

何度も頭の中で言い訳を考えながらも紹介された相原という男に会うまでには時間はかからなかった。
温和な初老紳士相原はチコの吐露した想いに静かに頷き、無言で話を聞いてくれた。
相原に忘れられない男の姿を重ねはじめた頃、チコは相原からある男を紹介された。
その男が芳村だった。

初対面の芳村の印象はよくなかった。
神経質そうで大らかだった男とは正反対の印象だった。
それでも会ったからには覚悟はしていたが芳村は公彦を求めることなかった。
呆気にとられる公彦に芳村は解せない条件を言い残し、今のお前には興味はないとばかりに帰ってしまった。

恥をかかされ理不尽な扱いに腹が立った。
数日して腹の虫が収まると、今度は芳村の条件が気になった。
モデルのチコを知っているか。チコのように—―憎たらしい芳村の好みに俄然興味が湧いた。
どんな顔の男が好きなのか。
モデル、チコ。パソコンで検索すると答えは拍子抜けするほどあっけなく分かった。
黒田知永子、モデル、愛称チコ。
まさかと思ったが、芳村が好きなのは黒田知永子という女性のファッションモデルだった。
芳村が男の自分に何を求めようとしていたのか。

公彦はばかばかしさに笑いが込み上げた。黒田知永子の画像すら見る気も起きなかった。
そんな公彦が黒田知永子を目にしたのは、会社帰りに立ち寄った書店でのことだった。
通り過ぎようとした女性誌の棚に置かれたファッション雑誌の表紙に踊る黒田の名前が目に入った。
ふと足を止めた公彦は豪華な雑誌を手に取り、ページを捲った。

黒田知永子はショートヘア―が似合う大人の女性だった。
派手さはなくどちらかと言えば落ち着いた雰囲気を醸していた。
髪型からなのだろう、ボーイッシュでどことなく中性的な容姿に思えた。
公彦は何故だか惹かれるものを感じた。芳村の好みは中性的な雰囲気の男なのだろうか。
チコのように、チコのような……男。
公彦は雑誌を手にレジに並んでいた。


つづく。


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