夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

あんみつ姫


小さなガス台と流しがついているだけの四畳半一間を占拠する炬燵に首までもぐり、座布団を枕にして、起きるとも寝るともなしに目を瞑っていた。ジュリのことを想っていた。
最初に誘ったのは向こうだったのか、私だったのか、もう覚えてはいない。覚えているのは、どことなく少女っぽい初々しい輪郭の失せない顔。触れると壊してしまいそうな華奢な身体。

愛情にさめたのではなく、私はジュリの繊細さに疲れていた。ジュリは愚かでもなくわがままでもなく、並はずれて繊細で聡明な男だった。
私の物言いや態度に、勘のいいジュリは関係の終わりを感じていたのだろう。私が愛しながらも持て余していることに気付いたのだ。

しばしばそうして二人で夜を過ごしたように、FMラジオを引き寄せ小さな音で聴いていると、覚えのあるメロディーが流れてきた。ジュリが好きな歌だった。
涙が盛り上がり頬を伝わっていく。ただジュリのことを想い、涙はジュリだけのために…
もしあの頃にかえることができたら、あの夜にもどることができたら、君を好きだと言いたい。

どんなに慰めても満たされない欲望、それを恥じる羞恥心。それでも…

「ジュリ…ジュリ…好きだ…ジュリ…ジュリ!」
「――雄二?」
「あーえっ?…ジュリ、お、お前…」
片目を開けた視線の先に、ドアのたたきに立つジュリの姿。
「雄二、なにやってんの?」
靴を履き捨て駆け込んできたジュリに炬燵布団を捲られた。
「いや~ん、もう!オナニーしてたの、涙流して」
「雄二ったら、もう…」
「だって、だってよ、ジュリと逢えなくて寂しくて、悲しくてよ…」
「バーカ、僕だって12月は忙しいのよ!――でも、僕のこと想ってくれてたから…」
「――ジュリ…」
「もう、早くチンコしまいなさいよ!雄二の好きな餡蜜買ってきたから食べよう」
「うん…」

それから私とジュリは、餡子より甘い唇を舐めあい、炬燵の中で蜜のように蕩けたジュリの身体を抱きしめ、尖らせた股間でお互いの想いを確かめ、私はジュリへの愛を誓った。




親愛なる読者の皆様、本年もご愛読いただきまして誠にありがとうございます。
宿題を残し心苦しい限りですが、来年もご贔屓のほどよろしくお願いいたします。 アル


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レクターちゃん 9話


私はその夜、見苦しいほど取り乱していました。何度も振り向いては阿川さんの姿を探し、それは母とはぐれた幼子のような心境でした。いつまでも戻ってこない阿川さんに気を揉む私の気持ちを知ってか知らぬか、一之瀬先生は展示された絵画の寸評を私に求めてきました。私の作品に関心を持ち、あの素描を保有する先生に、むやみな態度をとるわけにはいきませんでした。
腕組みしながら作品一点一点に目を凝らす先生に従い、絵画の知識を修学したとはいえ、一介の美大生にすぎぬ私の批評に耳を傾ける先生に恐縮しながらも、私は先生の美術への真摯な愛情を感じはじめていました。

先生と私は、作品展の主役とも言うべき絵画に向かい合いました。先生は絵の全体像を見定めるように後退り、作品の見事な出来栄えに感服したように頷き、賞賛の唸り声を漏らしました。
「素晴らしい…」
「同感です。絵画のブースで真っ先に目に飛び込んできたのはこの絵でした。大きさもさることながら、精密な描写が素晴らしいです。背後から鏡に映ったモデルの表情を描写する構図は、古典期から多くの画家が残していますが、全体のバランスを崩すことなく仕上げるには相当の画力が求められます」

「まず視線を捕らえるのは腕の自由を奪った拘束具ですが、僕はこの画家の焦点は美しくカールして背中まで垂れた髪にあるように思います」
「――ほう…」
「流れるような髪の束に人の視線を誘い込むために拘束具を手段としたように僕は思います。艶やかで、しっとりとした質感の黒髪への画家の偏愛でしょうか…」
「黒髪へのフィティシズムとでも?」
「ええ。美しい髪への愛、その髪をより美しく見せるために、あえて背中で腕を拘束させたのかと。面白いのは髪を黒い紐で束ね、手首はまるで髪留めのような金具で拘束させています」
「なるほど…確かに非常に興味深い」

「絵は刹那の瞬間を捉えていますが――上手く言えませんが、その後の画家の衝動を妄想させるには十分すぎるほどの作品ではないかと…」
「藍澤君、感じ入ることあったようだね」
「はい――今夜ここに展示されている作者の画力の確かさは、僕など足元にも及びません。勉強が足りないことを痛感しました。ただ今夜この絵に触れて、僕の絵に足らないものがこの絵にはあるような気がします」
「なにかな、言ってごらん?」
「物語性とでも言うのでしょうか…」
「――物語性?」
「物語を語る絵を描いてみたいと――いえ、描かなくてはいけないかと…」
「――でもそれがどのようなストーリーなのか、どう表現したらよいのか、まったく見えていません。紙の上の一点でもありません…」

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レクターちゃん 8話


第二回「苔薔薇」作品展のご案内

美とは人間の感覚、特に視聴を媒介として得られる喜悦,快楽の根源的体験のひとつです。
さらに美とは、私たちの意識下にひそむ本態を暴きだしてみせるものでもあります。
本能的、露出症的な、倒錯したフェティシズムを特質とし、表面と内なるものを逆転させ、まさに内臓をさらけ出すような特異な美の体験。
今回の作品展は、前回にもまして出品作家が狂気と錯乱を使いこなし、夜の世界を皆様のもとに呈示いたします。
菅原画廊 菅原 純一

ご招待は「苔薔薇」会員、並びにご同伴の方に限らせて頂きます。



紺青の空に浮かぶ月は雲に紛れて、ぼんやりとおぼろげなその光りが憂いに沈む私の心をわくつかせます。限られた招待客、週末一夜だけの作品展でしたが、本格的な画廊への初めての出品でした。
特殊な題材がテーマの作品展とはいえ、自分の作品のモデルが秘密の関係を結んだ阿川さんだけに大きな不安を抱いていました。
ドレスコードがあると阿川さんから聞いていた私は、成人の祝いに買い求めた一張羅のスーツを着込み画廊を目指しました。

画廊は十数階建てのビルが寄り集まった一角、漆黒の青山墓地のほとりに建つマンションにありました。玄関脇のインターフォンで名前を告げ、白梅の生け花が飾られた広いホールを抜け、こんな豪華なマンションの中に本当に画廊があるのだろうかと訝かるうちに、エレベーターは最上階に昇りました。
落ち着いた廊下を歩み、「菅原画廊 別館」と真鍮のプレートが貼られ、ドアの向こう側をイメージさせるような立派な入り口の前で立ち止まり、意を決してドアベルを押しました。
重厚なドアは内側から音もなく開き、未知なる世界への扉が開いたことを実感し、身震いしました。

やわらかな薄明かりの下、磨き上げられたウッドのフロアーに白い壁、上質な雰囲気の空間に、着飾った老若男女が作品の前にかたまり談笑しています。
招待客の多さに物怖じした私は、案内の女性に促され芳名帳に記帳を済ませ、芳しい香りを放つ、会の名前に由来する赤紫の苔薔薇の大きなアレンジの前で、阿川さんの姿を探しました。
すでに阿川さんは来ていました。私を見つけた阿川さんは、笑みを浮かべ駆け寄ってきました。

「藍澤君、よく来てくれました。実は気を揉んでいたのです。お節介が過ぎたような気がして…」
「いいえ阿川さん、僕の拙い作品をこんなに大勢の方に見ていただく機会を与えてくれて感謝します。でも正直怖いです」


阿川さんは女性客と歓談する男性に歩み寄り声を掛け、私に紹介しました。
「藍澤君、こちらは画廊のオーナー、菅原さんです。赤坂にある画廊が本館ですが、ご好意により特別な展示会は此処を使わせて頂いています」
見るからに仕立ての良いスーツを着込んだ老齢の画廊主は名刺を差し出しました。
「はじめまして、藍澤直之と申します。お世話になります」
「こちらこそ、ご出品頂き感謝しています。あなたのことは阿川君から伺っております。なかなか良い素描です。しっかりと画けていますね。赤チョークの陰影、空間の取り方、ミケランジェロを意識されているような気がしましたが・・・」
「ありがとうございます。仰るとおりです。中学高校の頃は、古典期の画家の素描をよく模写していました」
画廊主は納得したように頷き、阿川さんへ顔を向けました。
「まあ、モデルの良さにも助けられているのでしょうが、ね、阿川君?」
気恥ずかしそうに視線を泳がす阿川さんの心情を感じ取り心が痛みました。
「藍澤君大いに研鑽を積んで、これを機会に長いお付き合いよろしくお願いします。どうぞごゆっくりご鑑賞ください」



心の闇を取り込んだような倒錯的なポートレートの数々。陶酔した表情を浮かべる女性モデルから聞こえる艶めいた吐息。芸術的な細工を施した拘束具で締め付けられた美しい身体。被写体が訴えるエロティシズムに圧倒されます。そのどれもが私の心をひきつけ惑わします。
さらには肉体の一部を欠損した女性の裸体。性的な微笑を浮かべ、婦徳を棄て自らの不自由な身体を曝け出し、見る者の好奇を刺激します。不道徳ながらも私はその不均衡から生まれた不思議な美に見惚れました。

歩は自然と人だかりのする隣のブースに向い、私は展示された大小三体の人形に目を奪われました。マニアが愛好するような耽美的な球体関節人形。その作りの精巧さもさることながら、艶やかな下着姿の可憐な少女の身体を模った人形のすべてが両性具有であることに衝撃を受けました。
それは脇に立つ阿川さんと相通じるものがあり、私は沸き起こる興奮を抑えることが出来ませんでした。そんな私の気持ちを察したように阿川さんは顔を向けました。

「藍澤君、この人形はある会員の奥様の作品です」
「えっ、作者は女性ですか!」
私と似た、ある種同性愛的な性癖を持った男性が作者だと想像していた私は、意外にも作者が女性だったことに驚きました。
「興味を惹かれたようですね?」
「はい。素晴らしいです。すごく刺激を受けます」
「そうですか、よかったです。私はこの人形をぜひ君に見てもらいたかったのです」
阿川さんは私との関係から私の性的嗜好を見抜いていました。私は決まり悪さをとりつくように阿川さんに伺いました。
「作者は若い方ですか?」
「お歳はどうだか分かりませんが、いつか機会があれば紹介します。さあ、君の作品を見ましょう」
阿川さんはその女性と面識があることを隠そうとはしませんでしたが、私のそれ以上の詮索を遮るように、人形の前から離れました。


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