夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フィデリオ


それは一昨年の今頃、見知らぬ家の庭先で彼岸花が真っ赤な花を咲かせていた頃のことです。友人からチケットを貰った私は、声楽科の定期公演を聴きに出かけました。演目はベートーベンの「フィデリオ」でした。終わったのは九時を過ぎ、私は友人を楽屋に訪ね、遅れて外に出たときには、もうあらかた聴衆は散った後で、広場には人っ子一人いませんでした。石段を降りて行こうとすると、ふと木陰のベンチに腰掛けている男を目にしました。
誰か待ち合わせているのかと思い、行きすぎようとすると、男は立ち上がり私を呼び止めました。

「俺のこと忘れちゃた? パーティーでいっしょに飲んだじゃない」
何かの間違いだろうと、無視を決め行き去ろうとすると「そうだ、写真があるんだ。あのときの」とポケットからスマホを取り出し私に向けました。
画面には確かに私が写っていました。グラスを掲げ笑っている私。黒いワンピースを着た私。別の画面には、私が親しげに身体を寄せ合いソファーに座っています。
私は画面から目を離し、男の顔を見ました。きめ細かい肌、長い睫毛、ふっくらとした唇。その顔が持つ印象は悪い感じはしません。仄かなトワレの香り、男の声の、音の、ハスキーな肌障りを思い出し、確かに私には心当たりがありました。

ぼんやりとした心当たりが押し寄せ、胸にひろがった瞬間、私の中からもう一人の私が現れ、男の中からもう一つの姿が現れました。
私は自分が感じていることは分かりました。男とあとをついて歩いている自分の気持ち、身体の感じも分かります。ただまわりのすべてが虚ろで、私は言葉を忘れた口のきけない少女になっていました。



闇の中で、男に抱きすくめられ、むせかえるような乱暴な口付けに曇った声を漏らし、力を無くし揺れる私はベッドに押し倒され、身体を跨いだ男にブラウスのボタンを外されました。
肌蹴た胸を隠すブラジャーのワイヤーを割って、滑り込ませた人差し指の先で、引っ掻くように乳首の先を擦られ、抱きしめられるようにしてホックを外されました。
男の濡れた唇に胸をそらせ、粟立つ身体の芯が固くなります。滑らかなストッキングをゆっくり撫で上げ、膝丈のスカートの中に手を滑らせ、太腿を撫でる男の指が補正下着の奥で息づく股間を這い、艶めいた呻きを洩らした私に、遣る瀬無い溜息を吐いた男の指が、すっと離れました。

「可愛いわ…オトコノコにしておくのが勿体ない」
「でも、わたし、あなたを満足させることはできない」
「ごめんね」
「やっぱりわたしは、オンナノコが好きなの」
素顔に戻った女は淋しそうに肩を落としました。
行き場をなくした欲情が残る身体を起こした私は、ベッドの上でしょげかえる女の涙で濡れた頬をそっと指で拭い、敬愛の唇を当てました。

その後彼女とは、とあるパーティーで小柄な女の子と談笑する姿を見たのが最後で、出会うことはありませんでした。
あの夜、帰り際に「着ないから」と持たせてくれた、紙袋一杯の女性用下着は今でもタンスの中で宝物になっています。






※フィデリオ:政治犯として投獄された夫フロレスタンを妻レオノーレがフィデリオという男に男装して救出する物語から拝借しました。




にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL短編小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

レクターちゃん 3話


病院の朝は早く、六時の医師の診察に立ち会った私は、院内のコンビニで紙コップのコーヒーを買い外に出ました。
早朝の生温い夏の空気は徹夜明けの身体に重く、駐車場に向った私はクルマの重いドアを開け、どかっとシートに腰を下ろし身体を深く沈めました。
思いもよらぬ出来事から吉永君との再会は、数奇な巡り会わせでしたが、大怪我を負った吉永君が誰よりも私を頼り、密かな胸の内を明かされた今は、昨夜起きた不幸な事故は、私と吉永君を引き合わせる磁力が働いたような気がしてなりませんでした。
そんな不謹慎な考えを、頭を振って否定しましたが、目の前に横たわる傷ついた美少年の耽美な肢体に翻弄され、はじめて知った吉永君の体温と肌触りで昂る神経が、疲労した身体を弄びます。
吉永君の妖しい魔力に教師という仮面を剥ぎ捨て、沸き上がる不健全で邪淫な感情と欲望が、私を強く揺さぶり続けます。身の置き所をなくした私はシートを倒し目を閉じました。

先生の邸宅の東屋で、鈍い光沢を放つ拘束具で両腕をなくし、年代物の姿見の前で不自由な身体を先生に支えられ、羞恥を上回る甘美な行為に喘ぐ私の姿態が、寝不足で痺れた脳裏に浮かび上がり、身体の芯が火照ります。
「美しいものは愚かでなければならない」先生の呟きに酔い、鏡に中で苦悶の表情を浮かべる私が吉永美南に乗り移り、美南の背中から腕をまわし滑らかな素肌に指を這わせる私。
腕の中で傷ついた肢体を悶えさせ、美南の蕩けた吐息がまだ見ぬ欲情の塊を妄想させます。「美南・・」独りごちた私は、湧き出した淫欲の雫で身体が濡れるのが分かりました。

クルマの中で淫猥な夢想に引き込まれ仮眠をとった私は、電話で学校職員に昨夜の事情を説明し、吉永君の親御さんが病院に来るまで付き添うことを話し、担任を持たない気楽さかから今日は欠勤することを告げ、明日改めて吉永君の担任だった小川先生に報告しますと言って電話を切りました。


午前中整形外科を受診した吉永君は入院病棟に移されました。三人部屋の廊下側のベッドに横たわる吉永君は両腕と膝をギプスで固定され、入院着に着替えを済ませていました。
麻酔の薬効とギプスで痛みが抑えられているのか、昨夜より元気を取り戻した様子で、ぎこちない微笑を作り私に向けました。少しこけてしまった頬が病的な美しさを醸しています。
改めて行った精密検査で内臓と脳に全く損傷がないことが分かり、喉の渇きを訴える吉永君に、私は急いで売店に走り、当座の入院に必要な品々を買い揃え病室に戻りました。
吸飲みに入れ替えたミネラルウォーターを喉を鳴らして飲み、乾いて荒れた唇からこぼれた白い歯に安堵しました。

「吉永、痛いか」
小さく横に首を振る美南。
「せんせい、迷惑かけてごめんなさい。学校行かなくてだいじょうぶ」
「もう授業はないから、今日は休んだ。学校には事故のことを話しといたよ」
吉永君の気遣いに応えるように、上掛けの淵から手を差し入れ、力を無くした吉永君の指をそっと握りました。嬉しそうに含羞む吉永君に、私の想いがまたひとつ膨らんでいきました。

続きを読む

レクターちゃん 2話


夏休みを間近に控えた蒸し暑い夏の夜でした。まもなく日付も変わろうかとする頃、携帯の受信音に寝入りばなを起こされた私は、表示された覚えのない番号に、なぜだか胸騒ぎを覚えました。
用心深く「――はい」とだけ応えた私に、男の声は深夜の電話を侘び、落ち着いた口調で用件を切り出しました。
「藍澤さんでしょうか?夜分申しわけありません。こちら三鷹署交通課の川田と申します」
「吉永美南さんをご存知でしょうか?」
吉永美南・・記憶のとば口にいつも顔を出す名前は忘れることはありませんでした。
「ええ、知っています。彼がどうかしましたか?」
「じつは先程、吉永さん交通事故に遭われK大学病院に搬送されまして…」
「えっ、交通事故!」
私は一瞬で眠気が覚めました。
「はい。吉永さんのお母様にすぐに連絡がついたのですが、いま島根にいるそうで、こちらにはご親戚がないと伺い困っていたところ、連絡してくれと、あなたの名前を吉永美南さんの口からどうにか聞けたものですから。所持品の携帯から藍澤さんの電話番号を探して連絡した次第です」

やはり悪い知らせでした。警察官の無駄のない物言いが、事故の大きさと怪我の深刻さを想像させました。
「吉永君は大丈夫ですか!」
「混濁していますが意識はあります」
「失礼ですが、あなたと吉永美南さんとのご関係は?」
「吉永君は高校の教え子で、今年の春に卒業しました」
「先生ですか…」
教師という立場が男を信用させたのか、当座の身元引受人が見つかり、男の声から安堵した雰囲気が伝わりました。
「実はいろいろな手続きがあります。大変ご面倒で申し訳ありませんが、病院までご足労願えませんでしょうか?」
「すぐに伺います」
「自動車で来られますか?ご心配でしょうが、くれぐれも安全運転でお越しください」


急いで着替えを済ませた私は、マンションの地下駐車場に停めてある、先生から預かっているクルマのボディーカバーを慌てて剥ぎドアを開けました。何度乗っても落ち着かない真っ赤な内装が、吉永君の血の色を、車内の澱んだ空気が血の匂いを連想させ、いつも以上に息苦しく感じます。
私の急いた気持ちを嘲笑うような長いクランキングの後、漆黒のジャガーは無理やり起こされた黒豹のように大きく身震いして、私は不機嫌に上下するアイドリングを無視して、クルマをスタートさせました。吉永君の悲痛な叫びが聞えた私は、タイヤを軋ませ国道を飛ばしました。


続きを読む

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。