夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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ジェミニ


同じ歳の姉がいると自己紹介すると、ほとんどの人が不思議そうな顔をする。わずか数十分早く生まれただけで、戸籍上は姉にさせられるもの気の毒だけど、異性双生児であることを明かすと、誰もが珍しそうな視線を投げかけ、興味津々と姉さんについてあれこれ聞いてくるよ。顔は似ているのか、背格好は、性格は。さすがにもう慣れたけど、子供の頃は嫌だった。
双子でも、性別が違うから見た目はまるで違うよね。それでも二人揃うと、目元口元がそっくりだと言われたね。性格や考え方も普通の兄弟でも違うように、当然違うと思っていた。まさか同じだったなんて。姉さんが本心を偽ってきたことを知った驚き。誰にも言えない同じ悩みを抱えたのは双子だから、それとも悪魔の仕業。
多感だった十代のあの頃から、僕も姉さんも自分の性に疑問を持ち、身体が馴染めなかったなんてあまりにも残酷だ。
二人しかいない兄弟だけど今まで言い出せなかった。姉さんなら分かってくれるよね。自分自身を受け入れ落ち着いた今だから、やっと姉さんと語ることができるよ。


赤い表紙のアルバム覚えている?今は僕の手許にあるけれど、懐かしい写真が残っているよ。写真機は高嶺の花で誰もが持ってはいなかったのに、親父が母さんの反対を押し切って質流れで買った写真機で撮った二人の写真。
昭和三十年六月十二日生、長女中川優子、長男中川義雄と命名した二枚の半紙を貼った壁の前に寝かされたモノクロのスナップ。大国魂神社のお宮参り、畳の上で這いずる涎掛けをしたまんまるの赤ん坊。つかまり立ちした愛くるしい笑顔。僕にもこんなときがあったのかと、年月の重みを感じるよ。
今では住宅街になっているけれど、生まれ育った府中の家は周りが畑だらけの田舎で、よく野良犬が出て怖い思いをしたよね。幼稚園の微笑ましいお遊戯。七五三祝に着物ですまし顔の姉さんとおどける僕。
そういえばこの頃から同じ服装だったのが、姉さんは女の子らしく、僕は男の子らしい服装に着替えさせられて、遊び相手も男同士、女同士となった気がする。

小学生のときは親父は仕事が忙しくて、ほとんど家にいなかったから、誕生日と運動会の写真が数枚あるだけで、あとはクラスで撮った遠足の記念写真しかない。母さんが撮った中学校の入学写真はカラーになっている。
覚えている?学年中の好奇な目に晒されたこと。休み時間になると僕の顔をわざわざ見にきて、声を上げて笑って。まったく頭に来た。それでも三年間クラスが違ったから、どうにか普通の中学生活を送れた気がする。
姉さんはバスケ部に入部したけれど、僕は運動が苦手だったからクラブに入らなかった。姉さんは部活中心の生き生きとした毎日を送っていて、自分ではそうだとは思わなかったけれど、根暗と言われてた僕とは違うと思っていた。

高校生になった途端、思春期と反抗期で、気持ちと身体がバラバラで思い通りにならなくて、写真なんか撮られるのは嫌でしょうがなかった。酷い自分の姿なんか残したくなかった。自分自身のことが精一杯で、まさか姉さんも同じ悩みに苛まれていたなんて全く気が付かなかった。
姉さんが高校時代の写真をすべて剥がしたのは、いつ頃のことか僕は知らない。
写真を剥がした後が残るアルバムに残された最後の写真。誰が撮ったのか、髪を伸ばし視線を逸らす僕と、短い髪型で腕組みするきつい表情の姉さんが並んだ、十代の最後の一枚は感傷的だよ。

僕は男女共学の都立高校に、姉さんは母さんの希望通り私立の女子高へ進学が決まって、国分寺の南口を下った賃貸マンションに引っ越して、やっと独立した部屋をもらって嬉しかったよね。府中の家では一部屋を本棚とカーテンで仕切っただけで、僕も姉さんも我慢できなかったから。
初めて電車通学を経験して行動範囲が広がり、新しい友人との付き合いも新鮮だった。
遅まきながら声変わりした身体の芯に澱のようなものが少しずつ溜まりだし、悩ましい夢を見ることもあったよ。あんなに頑張っていたバスケをすっかり辞めちゃって、帰宅すると部屋に閉じこもって、休日もあまり外出しなかったから、姉さんは勉強が忙しいと思っていた。前ほど二人だけで会話することはなくなったね。


橋爪雄二のことを話そう。橋爪と出会ったのは、沿線の土手の紫陽花が花開いた高校二年の梅雨時だった。お洒落に目覚めた僕が、ジーンズだ、スニーカーだと物欲に捕われて、バイトを始めたこと覚えている?いくつかのバイトを経験して、あるバイト仲間からテレビの歌謡番組の公開収録の手伝いに誘われて。安いバイト代だったけれど、芸能人が間近に見られると聞かされて、二つ返事で引き受けた。
番組の手伝いといっても、収録場所の公民館の楽屋口に立つ警備の仕事で、僕と一緒に立ったのが橋爪雄二。橋爪は二十歳になったかならないかぐらいで、とても華奢な身体つきをしていた。色白で鼻筋が通った僕より長髪の青年。声を掛けてきたのは橋爪からだったとはっきり覚えている。
「君は誰が目当て?」
意味が分からないで僕は首を傾げた。聞けば、拘束時間が長いわりに給料の安い、このバイトするのは、歌手のファンとか追っかけで、本人見たさにバイトするだと彼は言った。
自己紹介した僕は、今日はじめてこのバイトをすること、誰のファンでもないことを告げると、なぜだか少しがっかりした顔をしたよ。

タクシーが止まり、ドアに駆け寄った橋爪は慣れた様子で「おはようございます」と降り立った少女と男に一礼し、楽屋口の重い鉄の扉を開く。仕事の内容がのみ込めた僕は、クルマが止まるたび橋爪のまねをして挨拶した。その中にはテレビでよく見る有名な歌手もいて、すごく緊張したね。その晩母に話したら大笑いしていたっけ。

橋爪の挨拶がひと際大きくなったのは、僕も知っている中性的な男性歌手Pが降り立ったときだった。僕は橋爪がPのファンだとすぐに分かった。Pは深々と一礼した橋爪の肩を抱き耳元で二言三言囁き、橋爪は身を捩り嬉しそうに何度も頷いていた。
こともあろうに、僕の前で立ち止まったPに笑顔で握手を求められて、握られた手の柔らかさ、果実のような甘い香り、吸い込まれそうな瞳に茫然となって、その瞬間から僕はPのファンに堕ちていったよ。

橋爪と頻繁に連絡を取るようになって、代田橋にある橋爪のアパートに遊びに行くようになった。橋爪は電子計算機の専門学校に通う傍らバイトに励み、Pの追っかけをしてしいた。
Pのレコードを聴きながらPの記事が載った雑誌を読み耽り、Pの切抜きを集めたスクラップブックに見惚れ溜息をつき、Pと会ったときの自慢話を何度も聞かされた。

今でも大切に持っている橋爪から貰ったPのブロマイドは、理解不能だった僕の本心を一本ずつ紐解いていった。
暗闇の部屋で、昂る神経が僕の身体をPのように変身させる。Pの瞳に誘われ、抱かれた僕はPのすべてを知る。そして全身生まれ変わった僕は、悩める心と身体を解放される。すぐに橋爪に聞いてもらいたかった。僕はアパートに走った。橋爪は僕の気持ちを分かっていた。深く理解しているだけでなく橋爪も僕と同じだった。
アパートにはじめて泊まった夜、橋爪と抱き合った。記憶に残るあの果実の香りがPの手の柔らかさを蘇らせた。道標もない未知なる道を橋爪にそっと導かれた。温かく優しい手だった。喘ぎ悶え絶叫した僕は橋爪にきつく抱き締められた。僕はPにまた一歩近づいたことを実感し涙が溢れた。

姉さんも知っていたように、無断外泊を繰り返しては両親に怒られ、それが嫌でまた無断外泊して。今思うと橋爪は大人だった。何度も説教して僕を家に帰るように諭してくれた。
でもそれも煩くなって、橋爪と喧嘩した挙句、ひとりで無茶を重ねて、結局ぼろぼろになって、最後は橋爪の所にしか戻る場所がなくて。橋爪は本気で叱ってくれた。僕の為に泣いてくれた。そして近い未来に僕たちのことを認めてくれる時代が来ると慰めてくれた。
遠くへ行ってしまった橋爪とは会えなくなってしまったけれど、姉さん、僕はそれを信じている。信じて生きていくよ。


昭和五十三年 七月 
優子姉さんへ





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お詫び


お詫び

6月30日に新規掲載した「ジェミニ」の中で、私の無知無学ゆえの思い込みから、

基本的な間違いを犯してしまいました。

早々にお読みいただいた親愛なる読者の皆様、貴重な拍手をしていただいた方々に

深くお詫び申し上げます。

「ジェミニ」は一旦削除し、改稿して再掲載したいと思っています。

勝手なお願いでございますが、またお付き合いくだされば幸いです。

最後になりましたが、―様、温情なご指摘とご意見に感謝いたします。ありがとうございます。


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