夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です


「・・・明日は早くて、今夜は・・ちょっと・・」
「ごめんなさい・・」
いつもの酒場のカウンターで膝を握られた僕は男の誘いをやんわりと断った。
「どうした・・」
「明日はどうしても早くて」
言葉では埋まらない隙間を埋めるように、酒場を出たビルの暗がりに連れ込まれ、背中から抱きすくめられた。僕の身体に力が入っていて、勘のいい男は言いようのない拒みを感じたのだろう、男はパンツの上から手を這わし小さな塊を探る。「今夜は、駄目」と僕は身体を捩った。苛立ちに駆られた男に、半ば無理やりに唇を奪われた。洩れた吐息がいつもの僕に戻ったように感じた男は安堵の表情を浮かべた。

新宿西口で男と別れ、嫌悪と切なさがタクシーの中で左右に揺れ、胸の底から絶望の泡が沸きあがった。一年間会い続けたけれど、男が僕に与えたものは何もない。男にしても僕から何もうけとらなかった。そうゆう関係ではなかったのだ。親密な友だちでもなく、もちろん恋人でもなかった。いったい男はなんだったのか。
とても魅力的だし、洗練されていて才能もある。でも男には、誰だってそうだろうけれど、影の面がある。男の影は暴力的で、男自身も自分の内なる獣をコントロールできなかった。

望んでいた。男を抱ける脳を持った男との出会いを。望んでいたから男と出会ってから行為にばかりに執着していた。言葉と力の暴力で羞恥と侮蔑を煽られ、目の当たりにした男の僕への興奮。勝手な思い込みかもしれないが、求めていた感動だった。男との関係をもってから自分の身体に触れることをしなくなった。僕は男に捕らわれてしまった。
それでも自らを拘束して、幻想に頼っていくことに疲れてしまった。決して愛を語ることのない行為に反応してしまう身体が惨めだった。僕は愛で遊べるほど大人ではなかった。男と会うことはもう二度とない。
部屋に帰るのがいやだった。深夜のファミレスで朝までコーヒーをおかわりし、なれない苦いタバコをふかした。


天候不順で街路樹の銀杏が色づいたのは秋も終わりの頃だった。
青信号を待つ交差点、僕の横に覚えのあるセダンが止まった。運転席に男が座っていた。間違いではない。動揺を隠し切れない僕に男は気付いた。視線を感じてか助手席の青年が顔を向けた。男と僕の様子に怪訝そうな表情を見せた青年は男に何か囁き、男は一瞬顔を曇らせクルマをスタートさせた。
僕の唇がサヨナラと動いた。




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