夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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湯煙が立ち込める、薄暗い大浴場は、湯がこんこんと湧き出し、大きな湯船に溢れていた。レンは誰も居ない広々とした温泉に、ケイと一緒に入ることが嬉しくて、子供のように浮かれ、飛び込んだ。
泡立つ湯に伸ばした身体が勢い余り、顔まで沈み、慌てて湯船の真ん中で胡坐をかき、苦笑いした。大名気分とはこういうことを言うのだろう、贅沢な気分に浸っていた。
しばらくして、重いガラス戸が開き、洗い場で掛け湯したケイは、タオルで身体を隠し、レンから離れて湯船に浸った。

ケイはレンの視線を避けるように顔を逸らせ、顔を見合わせることはなかった。二人の間に気まずい雰囲気が漂い、それに耐えかねたレンは、当たり前のように股間を隠すことなく立ち上がり、湯船の中で膝を抱え、身体を丸めたケイの脇に身体を沈めた。
共同生活を始めて、レンもケイも入浴後、下着姿で家の中を歩き回ることはなかった。
「裸のつきあい」とは、一緒に風呂に入ることでも、裸を見せることでもないことは、レンも知っていた。
お互いの素顔を見せて本音で語り合うことだと、知ってはいたが、昨年の夏休み、同じ科の仲間とこの温泉に入り、ふざけ合い、笑い転げ、仲間同士の親交を得たように、ケイとの友情がより深まることを期待していた。

「ケイ、いい湯だろ?」
「……」
ふて腐れたように顎まで湯に浸かったケイは、返事をすることはなかった。
レンは温泉に無理やり誘ったことを少し後悔した。
「ケイ、ごめん。やっぱり温泉はだめか……」
「ううん、レンさん。僕、どうしたらいいのか……レンさんに嫌われたくない。だけど、だけど、レンさん、判んない!」
自分の考えと、今夜の成り行きに錯乱したケイは突然、湯船から逃げるように立ち上がり、足を滑らせた。
レンは咄嗟に腕を延ばし、バランスを崩したケイを支え、思わず目にした、背中の幾筋もの蚯蚓腫にたじろいだ。
「ケイ、お前……」
「こんな酷い身体、大好きなレンさんに見せたくなかった」
レンを押しのけようとするケイをレンは抱え込んだ。背中にそっと触れ、痛々しい傷を労わるように擦る、レンの思い遣りと優しさに、ケイの動きが止まった。
思ってもいなかったケイの言葉にレンは狼狽えたが、ケイを裏切り、傷つけた男への激しい憎悪、健気なケイを夢中にさせた男への強い嫉妬、そして心の奥で膨らみ続ける、言葉に出来ない気持ちは、友情を越えたものであることをレンは認めた。

「――ケイ」
「俺も好きだ」
レンの腕に力が篭り、ケイを抱き締め、レンの告白にケイはレンにしがみ付いた。
ケイの股間がレンの身体に触れたが、レンは嫌ではなかった。濡れた髪、潤んだ瞳でレンを見詰める、ケイの表情が和らいだ。
レンはケイの頬に唇を当て、小さな唇に重ねた。レンは生まれて初めての口付けが同性であることに抵抗など無かった。
人を敬愛し好きになる、初めて恋愛感情が湧いた相手がケイで、どういう訳か、同性だっただけのこと、先のことなど、何も考えることはなかった。
今の自分の正直な気持ちがそうさせていた。
背中を擦っていたレンの手が、本能の導きに誘われ、細い腰に腕を廻し、躊躇いがちにケイの尻臀を撫でた。
レンの手が触れるや、驚いたように尻臀を強張らせさせたが、すぐに安心したように筋肉が弛緩した。
少女の尻を思わせる、丸く小さな形、滑らかな肌触り、柔らかな肌の弾力がレンの本能を刺激した。

「ケイ、逆上せそうだ」
レンは昂る身体をケイに悟られることが恥ずかしかった。ケイを屈辱するような気がした。心残りを引きずるように、汗だくの二人の肌がゆっくりと離れた。


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夕飯の支度をするケイを残し、レンは地下の大浴場で温泉気分を満喫していた。
今週の宿泊客は、レンとケイの一組だけで、レンは広い温泉を独り占めし、贅沢な入浴を楽しんだ。
レンは久しぶりに味わうケイの手料理に大満足だった。食卓狭しと並んだ料理に舌鼓を打つ、レンの旺盛な食欲が、ケイには嬉しかった。
片付けはレンも手伝い、二人は、少し強いお酒を片手に、応接間で向かい合い、レンが戸棚から見つけてきた、遊び古されたオセロに興じた。二人は、子供の頃に戻ったように、ゲームの駆け引きに一喜一憂し、他愛の無いレンの冗談に、頬をほんのり赤く染めたケイは笑った。
二人だけの旅行ならではの、ゆったりとした時間の流れは、ケイの心を癒し、ケイの笑顔に目を細めたレンの心には、言葉に出来ない淡い想いが、また一つ芽生えた。


ケイは付き合っていた男と、旅行に出掛けたことは一度も無かった。
男の仕事帰りに待ち合わせ、食事し、同性でも断られないホテルに入った。フロントの好奇な視線と部屋の饐えた匂いが嫌だったが、ケイの行為で悦ぶ男が嬉しく、ケイも男の愛撫に、悦びで身体を震わせた。
ケイは、最愛の男との長い夜を熱望したが、いつも多忙を口にし、時間を気にする男を寂しく見送っていた。
ケイは男との旅行を夢見ていた。二人のことなど、誰も知らない旅先で、普段とは違う、二人だけの時間を過ごすことを憧れていた。
男はそんなケイの想いを知ってか知らぬか、旅行の誘いをやんわりと断り、ケイも無理に誘うことはしなかった。ケイは男の前で、寂しさを顔に出すことは一切しなかった。
男に嫌われたくなかった。男に心底、惚れていた。男が旅行に行けない、本当の理由など、あの時のケイには考えも及ばなかった。

そんなケイが、同じマンションに住むレンと知り合った。
お互いの部屋を行き来するようになり、部屋の不満が一致し、二人の理想に近い家で、感情を交えず、型通りの共同生活を始めた。
ケイは同性愛者の自分とは違う、ストレートな指向の、レンの考えや行動が新鮮だった。共同生活を知った男は、ケイに妙に寛容で、関係がぎくしゃくすることはなかったが、「しばらく逢えない」と、ケイに連絡をよこした。
ケイは自分が始めたレンとの生活が、男の癇に障ったことに気がとがめ、すぐに、涙ながらの謝罪と後悔の連絡を取ったが、男は、ただ「忙しくて逢えないと」一方的に繰り返すばかりだった。

男への不審が湧き、男の新しい恋人の妄想に神経が磨り減り、一途な想いがケイを駆り立てた。
男の言葉の真意が知りたくて、取り憑かれたように男の後を追った。そして真実を知ってしまったケイは大きな衝撃を受け、立ち竦んだ。
悲しみと失望に襲われ、その日はどうやって、部屋まで戻ったのかも思い出せない。虚脱感に苛まれ、悩み、迷った。
本当のことなど知らなければ良かったと、自分の愚かな行動を責め、悔やんでも、現実を受け入れるしかなかった。

ケイは別れを決意し、男を呼び出した。男は普段とは違うケイに慌て、男への当てつけに、在りもしない新しい恋を理由にした、ケイの別れ話に狼狽えたが、寂しい男を演じ続け、その哀れな姿にケイも男への未練と、一縷の望みが捨てきれなかった。
しかし、ホテルの部屋に入るなり、豹変した男はケイを、いきなり張り倒し、脳震盪を起こしたケイに跨り、乱暴に全裸に剥き、引きちぎったドライヤーのコードで腕の自由を奪った。
眉を吊り上げ形相を変えた男は、床を這いずり逃げ惑う、ケイの背中と尻を靴ベラが曲がるまで乱打ちし、泣き叫ぶケイの髪を掴み、平手打ちした。
ぐったりとしたケイの身体を二つに折り、「忘れないようにしてやると」上を向いた肛門に唾を吐き、凶器のように尖らせた性器を充てがい、一気に突き刺した。全身を貫く激痛、恐怖で声も涙も嗄れ、ただ喘ぐだけのケイに、容赦なく、自分勝手な欲望を打ち込んだ。
ケイの性器に当り散らし、周到な責めに反応してしまうケイの性に、薄ら笑いを浮かべる男。ついに我慢の限界が越え、ケイは怒りを爆発させた。
男の秘密を暴露し、罵り、詰った。驚きで息を呑む、男の身体が止まった。明らかの脅えた男は、「なにかあったら、只じゃ置かない!」と、乱暴な捨て台詞を吐き、部屋を出て行った。男との関係が、最悪な結末になったことに、ケイは声を上げて泣いた。

最愛の男の裏切り、男への未練を打ち砕く屈辱、怒りを上まわる絶望に、泣くことしか出来なかった。
どうにか電気コードを外したケイは、よろけながらベッドに倒れこんだ。しかし、ベッドの柔らかさと温もりは残酷で、仲睦ましかった男との蜜月を蘇えらさせ、さらにケイの心を痛めつけた。
「死にたい・・」自分の存在意義を見失ったケイは呟いた。

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次の日からも、ケイは、普段どおりに出掛け、帰宅し、何事もなかったように振舞い、辛い素振りさえ見せることはなかった。
しかし、ふとしたことで取り乱し、悲しそうな表情を浮かべ、涙ぐみ、自室に篭ってしまった。
レンはケイが同性愛者だったことに驚きはしたが、自分がイメージしていた、同性愛者とはケイは違っていた。
ごく普通の、大学に居る仲間と全く変わることは無く、考え方も価値観もレンと変わることはなかった。
そのことより、一緒に暮らし始めて、レンはケイの目標に向う、頑張りに触発されていた。
プライベートに立ち入らない約束事を決めはしたが、敬愛する同居人の哀れな姿を見ることが、レンには忍びなかった。

誰も辛い過去を忘れることなど出来はしない。「時間が解決する」と人は言うけれど、眠れぬ夜に子守歌があるように、傷ついた心には癒しが必要で、何かの切掛けで、立ち直っていけることをレンは判っていた。
レンは、考えあぐねた末、断られることを覚悟の上、ケイを旅行へ誘った。傷心旅行と言えば聞こえは良いが、昨年の夏休みに招かれた、同じ科の仲間の父親が所有する、伊東のリゾートマンションを、拝み倒して借りたことをケイに話した。
今のレンが、傷ついたケイに手を差し伸べてやれることは、旅行に連れ出し、日常から離れて、少しでも、気を紛らわせてもらうことが精一杯だった。
出掛けることを渋ったケイだったが、気兼ねの無い、気ままな旅行だからと、説得するレンの気遣いにケイは折れた。
誘いに感謝し、決まり悪そうに含羞むケイの姿に、レンは心の中で芽生えた、言葉に出来ない淡い想いを打ち消すことはしなかった。


レンの運転するレンタカーは伊豆の海岸線に入り、前方に広がる海の雄大な景色に、助手席のケイは嬌声上げた。
レンはしばらくぶりに見た、ケイの明るい笑顔が嬉しかった。夏休みも終わり、平日のリゾートマンションは訪れる人も無く、専用の駐車場は、従業員の通勤用だろう、地元ナンバーのクルマが止まっているだけだった。
最上階の部屋の眺望は素晴らしく、伊東港が眼下に見渡せ、ケイの喜ぶ姿に、レンは安堵した。

「綺麗な景色。海の香りがする!」深呼吸するケイの仕草にレンは笑った。
「いいなあ、こんな所にずっと居られたら」
「でもケイ、四日間は僕たちのものだから、ゆっくりすればいいさ」
「そうだ、まずはウエルカムドリンクで乾杯だな」
レンはキッチンに備え付けてられた立派な食器棚から、ワイングラスを見つけ、持参したクーラーボックスからスパークリングワインを取り出し、静に栓を抜いた。

その晩は伊東の街に出掛け、新鮮な魚介料理で、夕食を済ませ、調理師を目指すケイは目を輝かせて地場の食材に買い入れ、明日からはケイが部屋で料理することになった。
あいにくその日は、大浴場の清掃日に重なり、レンはケイの勧めで、先に部屋の小さな風呂で温泉に浸かり、運転の疲れで、早々にベッドに倒れこんだ。
レンの可愛い寝姿を見届けたケイは、浴室の鏡の映る、男から受けた仕打ちが残る、情けない身体を後悔し、独り風呂場で涙を流した。


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ルームシェア

無精髭が伸びた男と茶髪にした優男の二人のルームシェアに、難色を示した不動産屋に、なんと、年下のケイは家賃の半年分を前払いし、レンとケイは二人で、調布郊外の一軒家に住むことになった。
行き付けの食堂で知り合った二人は、偶然にも笹塚の同じワンルームマンションに住んでいることに驚き、近づく部屋の契約更新にレンが頭を悩ませていることを話すと、もう少し広い部屋に移りたいと考えていたと言うケイは、それならば、二人で住まないかと、レンに話を持ちかけたのだった。

レンは一浪までして、無理を言って東京の美大に通うことを許してもらった手前、仕送りの増額を頼むことは心苦しく、ケイの提案は渡りに舟だったが、一人住まいに慣れた生活で、果たして他人と住むことが出来るか、ましてや、知り合って間が無い二人が、上手く共同生活を送れるのか不安だった。
そんなレンの心配を察したように、ケイは笑顔と強引さで、躊躇するレンを説き伏せ、新しい生活に引っ張り込んでいった。
調布飛行場近くの平屋で、建物も設備も年季がはいっていたが、板張りのダイニングとリビングを挟んで、ドアで仕切られた二つの個室が理想に合っていたし、レトロな雰囲気を醸す、玄関脇に植えられた棕櫚の樹を二人は気に入っていた。

バイトの傍ら、調理師学校に通うケイは、朝早く出掛け、夜遅くに帰宅することが多く、笹塚の狭い部屋では思うように捗らなかった、
絵画の課題制作に没頭するレンは、留守番役が多かったが、二人揃った休日には、ケイは習ってきた料理をレンに味見させ、レンは制作途中の作品を披露しては、ケイに感想を求めた。
そして、天気の良い日は、近くの野川公園に散歩に出掛け、二人は将来の夢を語り合い、友人として相手を温かく思いやる気持ちが芽生えていった。


先日の雷雨を境にうだる様な残暑が和らぎ、朝晩の涼しさが秋の到来を感じさせた。国道と首都高に囲まれた、騒音激しい笹塚のマンションの部屋では聞くことが無かった、虫の音が聞こえる深夜、ドアに差し込まれた鍵の音で、レンは目を覚ました。
いつになく晩く帰宅したケイは、そのまま自室に入り、しばらくすると、ケイの啜り泣きにレンは驚き、身体を起こした。
共同生活を始める決め事の一つに、お互いのプライベートなことには立ち入らないことを約束はしてはいたが、同居人のレンの存在を意識しても、漏れる悲痛な泣き声に、レンは居ても立っても居られず、お節介を承知で、急いでケイの好きなカフェオレを沸かし、ケイの部屋を慎重にノックした。

「ケイ、カフェオレ淹れたから、一緒に飲まないか?」
すぐに返事が無いことは判っていた。理由は何にしろ、泣き声を聞かれたことは、ばつが悪いし、まして歳も変わらない同性に聞かれたことの恥ずかしさは、レンにも痛いほど判っていた。
レンは明りを消していたリビングの床に腰を下ろした。カーテンの隙間から、不穏な青白い月明かりが、小さなテーブルに並べたカップを照らし、耳を澄ませても、ケイの気配は聞こえず、庭で鳴く、重い気分を騒がす、虫の音だけが部屋に木霊していた。


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