夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

レクターちゃん


どなたにも忘れられない人との出会いがあるでしょう。私のような職業に就くと、否が応でも毎年違う数十人の生徒たちと顔を会わせます。できるだけ名前と顔を覚え、真摯で公平な態度で彼らと向き合わなくてはいけないのは当然の職務ですが、彼と出会ったときの私は、胸の奥で脈動する倫理や道徳に反する妄想に掻き立てられた、下卑たひとりの男になっていました。
吉永美南君と出会ったのは、秀でた才能がないことを自覚し、芸術家への夢を捨てた私が、某先生の推薦状を頼りに、(某先生との出会いのことは、また別の機会にお話したいと思います)都内の高校の美術科の講師の職に在りついた三年目の春のことでした。

高校二年の一年間、選択授業に美術を選び、私の教え子となった吉永君は、美しい南と書いて「みなみ」と読ませ、女とも男ともとれる名が体を表すのか、まるで女子と見まがうほどに端正な美少年でした。後に知ったことですが、父方のフランス人の祖母の血を引いたのか、どこか退廃的な香りを纏っていました。

受験とは直接関係ない科目という気楽さと、さほど歳差がない新米講師の授業ということで、緊張感のない生徒を前に、私は堅苦しい授業を避け、社会に出たときに有用な常識的な美術史の変遷と自由な課題制作を授業の柱としました。
そんな緩い授業であっても好奇心旺盛な年頃からか、ある日の授業で古代ギリシャ彫刻ミロのヴィーナスを例に挙げ、人間が最も美しいと感じる比率、芸術におけるプローポーションの黄金比の解説した授業では、いつになく生徒たちは熱心に耳を傾け、古代中世と近代美術、さらには現代作家の作品やアニメ漫画との黄金比の違いに熱い意見を交わし私を驚かせました。
私はひとつの見方として、見る者の想像を刺激する、失われた両腕の魔力にあると言われていることを話し、その身体的欠損こそが身体全体の美しさを引き立てて、私を魅了してやまないと、黒板をチョークで叩きながら力説すると、生徒たちから優男の私に多少の情けを込めて、猟奇小説の主人公に「ちゃん」付けして『レクターちゃん』と仇名をつけられました。苦笑いした私ですが、それほど悪い気はしませんでした。


あえて美術教科を選択した生徒たちだけに、課題を示し技巧云々にこだわらず自由な発想で描かせた絵画は、どれも素晴らしく私を唸らせました。
なかでも奇抜ともいえる大胆な色使いで仕上げた静物画を描いた吉永君は、絵画の魅力を知ったのか、三年生になると放課後の美術室に顔を出し、数少ない美術部員とおしゃべりに花を咲かせ、気が向くと、受験勉強の息抜きのつもりで絵筆を握っていました。
そんな吉永君を静に見守りながら、教師にあるまじき妄想に耽けってしまう私は、自分の愚かさをもちろん自覚していましたが、ときより私に向ける吉永君の、私の本性を見透かしたような眼差しに、私はたじろぎ視線を逸らせるのが精一杯でした。

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レクターちゃん 2話


夏休みを間近に控えた蒸し暑い夏の夜でした。まもなく日付も変わろうかとする頃、携帯の受信音に寝入りばなを起こされた私は、表示された覚えのない番号に、なぜだか胸騒ぎを覚えました。
用心深く「――はい」とだけ応えた私に、男の声は深夜の電話を侘び、落ち着いた口調で用件を切り出しました。
「藍澤さんでしょうか?夜分申しわけありません。こちら三鷹署交通課の川田と申します」
「吉永美南さんをご存知でしょうか?」
吉永美南・・記憶のとば口にいつも顔を出す名前は忘れることはありませんでした。
「ええ、知っています。彼がどうかしましたか?」
「じつは先程、吉永さん交通事故に遭われK大学病院に搬送されまして…」
「えっ、交通事故!」
私は一瞬で眠気が覚めました。
「はい。吉永さんのお母様にすぐに連絡がついたのですが、いま島根にいるそうで、こちらにはご親戚がないと伺い困っていたところ、連絡してくれと、あなたの名前を吉永美南さんの口からどうにか聞けたものですから。所持品の携帯から藍澤さんの電話番号を探して連絡した次第です」

やはり悪い知らせでした。警察官の無駄のない物言いが、事故の大きさと怪我の深刻さを想像させました。
「吉永君は大丈夫ですか!」
「混濁していますが意識はあります」
「失礼ですが、あなたと吉永美南さんとのご関係は?」
「吉永君は高校の教え子で、今年の春に卒業しました」
「先生ですか…」
教師という立場が男を信用させたのか、当座の身元引受人が見つかり、男の声から安堵した雰囲気が伝わりました。
「実はいろいろな手続きがあります。大変ご面倒で申し訳ありませんが、病院までご足労願えませんでしょうか?」
「すぐに伺います」
「自動車で来られますか?ご心配でしょうが、くれぐれも安全運転でお越しください」


急いで着替えを済ませた私は、マンションの地下駐車場に停めてある、先生から預かっているクルマのボディーカバーを慌てて剥ぎドアを開けました。何度乗っても落ち着かない真っ赤な内装が、吉永君の血の色を、車内の澱んだ空気が血の匂いを連想させ、いつも以上に息苦しく感じます。
私の急いた気持ちを嘲笑うような長いクランキングの後、漆黒のジャガーは無理やり起こされた黒豹のように大きく身震いして、私は不機嫌に上下するアイドリングを無視して、クルマをスタートさせました。吉永君の悲痛な叫びが聞えた私は、タイヤを軋ませ国道を飛ばしました。


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レクターちゃん 3話


病院の朝は早く、六時の医師の診察に立ち会った私は、院内のコンビニで紙コップのコーヒーを買い外に出ました。
早朝の生温い夏の空気は徹夜明けの身体に重く、駐車場に向った私はクルマの重いドアを開け、どかっとシートに腰を下ろし身体を深く沈めました。
思いもよらぬ出来事から吉永君との再会は、数奇な巡り会わせでしたが、大怪我を負った吉永君が誰よりも私を頼り、密かな胸の内を明かされた今は、昨夜起きた不幸な事故は、私と吉永君を引き合わせる磁力が働いたような気がしてなりませんでした。
そんな不謹慎な考えを、頭を振って否定しましたが、目の前に横たわる傷ついた美少年の耽美な肢体に翻弄され、はじめて知った吉永君の体温と肌触りで昂る神経が、疲労した身体を弄びます。
吉永君の妖しい魔力に教師という仮面を剥ぎ捨て、沸き上がる不健全で邪淫な感情と欲望が、私を強く揺さぶり続けます。身の置き所をなくした私はシートを倒し目を閉じました。

先生の邸宅の東屋で、鈍い光沢を放つ拘束具で両腕をなくし、年代物の姿見の前で不自由な身体を先生に支えられ、羞恥を上回る甘美な行為に喘ぐ私の姿態が、寝不足で痺れた脳裏に浮かび上がり、身体の芯が火照ります。
「美しいものは愚かでなければならない」先生の呟きに酔い、鏡に中で苦悶の表情を浮かべる私が吉永美南に乗り移り、美南の背中から腕をまわし滑らかな素肌に指を這わせる私。
腕の中で傷ついた肢体を悶えさせ、美南の蕩けた吐息がまだ見ぬ欲情の塊を妄想させます。「美南・・」独りごちた私は、湧き出した淫欲の雫で身体が濡れるのが分かりました。

クルマの中で淫猥な夢想に引き込まれ仮眠をとった私は、電話で学校職員に昨夜の事情を説明し、吉永君の親御さんが病院に来るまで付き添うことを話し、担任を持たない気楽さかから今日は欠勤することを告げ、明日改めて吉永君の担任だった小川先生に報告しますと言って電話を切りました。


午前中整形外科を受診した吉永君は入院病棟に移されました。三人部屋の廊下側のベッドに横たわる吉永君は両腕と膝をギプスで固定され、入院着に着替えを済ませていました。
麻酔の薬効とギプスで痛みが抑えられているのか、昨夜より元気を取り戻した様子で、ぎこちない微笑を作り私に向けました。少しこけてしまった頬が病的な美しさを醸しています。
改めて行った精密検査で内臓と脳に全く損傷がないことが分かり、喉の渇きを訴える吉永君に、私は急いで売店に走り、当座の入院に必要な品々を買い揃え病室に戻りました。
吸飲みに入れ替えたミネラルウォーターを喉を鳴らして飲み、乾いて荒れた唇からこぼれた白い歯に安堵しました。

「吉永、痛いか」
小さく横に首を振る美南。
「せんせい、迷惑かけてごめんなさい。学校行かなくてだいじょうぶ」
「もう授業はないから、今日は休んだ。学校には事故のことを話しといたよ」
吉永君の気遣いに応えるように、上掛けの淵から手を差し入れ、力を無くした吉永君の指をそっと握りました。嬉しそうに含羞む吉永君に、私の想いがまたひとつ膨らんでいきました。

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レクターちゃん 4話


部屋の闇の中に色白の美しい少年の顔が浮かんだ。どこか退廃の香りを纏った美しさに満ちていた。濡れた黒い瞳の中に、私の顔が小さく映っていた。
私はその顔を一目見たとき、胸の中にさざなみがわき立ってきたような気がした。同時に触れてはならないものに触れたような後悔も駆られたが、私は少年の妖異な魅力の完全な虜になっていた。
少年の取った行動は不思議だった。私には純粋に誠実だったが、自ら望んだ被虐的な立場に自足している様子だった。少年は私の前で恥ずかしがり、怯えながらも声にならない愉悦を感じていた。そして、まだ見ぬ情欲の塊を描いては、欲動の淫夢にうなされていた。
しかしそれは夢ではなかった…



日ざかりの午後でした。
真夏の炎暑とは無縁のここは、季節もなければ、風が吹くこともありません。漂う消毒臭は人の営みさえも消し去っています。ナースステーションで面会の手続きを済ませ、磨き上げられた廊下に歩を進めると、私を誘う熱と手を感じます。シーツと枕のありえない白さ、そこに傷ついた吉永美南の横たわる姿。思いっきり不健康な、不道徳で淫蕩な感情が目を覚まします。

「吉永…」私は上掛けの上から吉永君の身体に手を置き、そっと揺すりました。
呼びかけに目を開けた吉永君は私の姿を見定めると、瞼を大きく見開き嬉しそうに微笑んでくれました。
「あっ、先生、来てくれたんですね」
入院生活にも慣れたのか、十日ぶりに再会した吉永君は、だいぶ落ち着いた様子でした。日に当たらないせいか、色白の肌が陶器のように透き通っています。
「具合はどうだ?」
「もう痛みはなくなりました。でも身体が思うように動かせなくて」
「母がいなくなったら、何もかも看護師さんの世話になって、その度にナースコールを押すんですが、なんだかそれも鬱陶しくて」
両手を固定されたギプスの脇に置かれたナースコールに目を落とし、苦笑いしました。

私と吉永君との関係、いや、特別な関係など何もありませんが、二人の共通の想いを、暇を持て余した同じ病室の入院患者や看護師たちに悟られることのないよう、私は注意深く振舞います。
「吉永、食事はどうしている?」
「まだ箸が握れなくて、食べさせてもらっています」
「そうか・・不自由だな。何か欲しいものはあるか?」
窓に顔を向け、少し思案した様子の吉永君は、なぜか照れ臭そうな表情を浮かべました。
「先生、冷たいものが食べたい。寝てばかりだから、外の景色も見てみたいです」

看護師の了承を得た私は、不自由な吉永君を慎重に抱きかかえて車椅子に座らせ、外来病棟のカフェに連れ出しました。両腕と左脚にギプスを巻き、車椅子に座る美少年の痛々しい姿に、カフェで寛ぐ見舞い客の哀れみと好奇心の視線が集まる中、模範的な介護人を演じる私は、案内された窓際の席に、ゆっくりと車椅子を押しました。

眺望の良い、陽の光が入るカフェは、それだけで吉永君の気持ちが晴れ晴れしたようで、新宿の高層ビルを遠くに眺める吉永君の顔に、高校卒業を間近にしたあの日、美術室から外を見詰めた美しい横顔が重なります。
注文したアイスクリームを、私はスプーンで吉永君の口に運び、それを美味しそうに舐める濡れた唇が、他のテーブルで談笑するお客さんたちを気にしながらも、私にあらぬ妄想を引き起こさせます。
下卑た妄想をかき消すように、何度も脚を組みなおす私のことを知ってか、くすっと笑った吉永君は意味深な上目遣いで、私の飲みかけのアイスティーまで飲み干し、ナプキンで吉永君の口を拭った私に、満足げな表情で笑みを浮かべました。

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テーマ:自作BL小説 - ジャンル:小説・文学

レクターちゃん 5話


親元を離れ、八王子郊外にある美大に通っていた頃の私は、自分の才能に疑いを抱くことなく、芸術家への夢と希望に溢れていたました。課題制作をこなし、時間があるとデッサンの習作に励み、無事進級を果たしましたが、正直、経済状態は苦しくて、必要な画材を購入すると、贅沢をするつもりは勿論ありませんでしたが、一般の大学生並みの生活を送る余裕はありませんでした。
両親は美大進学に反対はしませんでしたが、裕福とはいえない家庭からの仕送りの増額は望めず、私はバイトに活路を見いだすしかありませんでした。
食事付きの飲食関係のバイトは境遇にぴったりでしたが、就業時間が長く、制作に支障が出てしまうのは明らかでした。学食のテーブルの上にバイト紹介のタウン誌をひろげ、頬杖をついた私が、見知らぬ青年から声を掛けられたのは、大学三年の早秋の昼下がりのことでした。

「君、バイト探しているの?」
思わぬ声に視線を上げた私の前に、ひとり青年が立っていました。鼻筋の通った睫毛の長い涼しい目に微笑みを浮かべた青年は、親しげに私に話し掛けてきました。線が細く華奢なせいか、どことなく女性っぽい柔らかな背格好の青年でした。
「私は学生課の阿川。君は確か…」
「三年の藍澤といいます」
「そうだ、藍澤君だったね。掛けていいかな」
「ええ、どうぞ…」
学生課に勤める阿川と名乗った青年は、なぜだか私のことを知っていたようでした。
「君は斉藤先生の門下でしょ」
「――はい…」
「いつだったかな、斉藤先生に用事があって先生の部屋に伺ったとき、門下生の作品を見せてもらったことがあってね。その中に君のデッサンもあって、人物画のデッサンだった。いい作品だったんで、君のことがちょっと気になっていたんだ」
「僕のデッサンですか?」
「そう、君のデッサン力の確かさに驚いたと言っては失礼だけれど、よく描けていたから」
阿川さんの褒め言葉に悪い気がしませんでした。
「いいバイト見つかった?」
「なかなか条件が合わなくて、賄い付きの飲食業が第一候補なんですが、バイト時間が長くて」
自分の生活の窮状を晒した気がした私は、恥ずかしさに頬の火照りを感じていました。

「藍澤君、バイトを決めかねているのなら、私の相談に乗ってくれないかな」
阿川さんは何気ない素振りで周りを見渡し、テーブルに身を乗り出し小声で話し掛けてきました。
「実は、ある方から、その人は私の知人だけれど、画学生を紹介して欲しいという依頼があってね。絵を描いてもらいたいと。学生課を通した話ではないんだけれど、見込みのある生徒を紹介して欲しいと…」
「――見込みのある生徒ですか…それじゃあ僕は…」
「いや、私も美大に勤めているから、他人様より少しは目が肥えているよ。人選は私に任せると言ってくれていてね。どうだろう、君の作品を何点か見せてくれないかな」
「僕の作品ですか、たいしたものは描いていませんが」
「デッサン帳はあるかな」
「ありますが・・これは採用試験ですか?」
「まあ、そう思ってくれてもいい。きっと先方は気に入ってくれるはず。私の推薦だからね」
「報酬は期待できないかもしれないけれど、プロを目指す美大生には、悪い話ではないと思うよ」
将来画家として一本立ちしたいと思っていた私は、阿川さんの物言いに惹かれました。作品に自信はありませんでしたが、明日デッサン帳を渡す約束を交わしました。


それから数日後、授業を終えた夕暮れ迫る教室に顔を出した阿川さんに呼ばれた私は、学食の隅のテーブルで向かい合いました。
「デッサン帳ありがとう」
阿川さんは、わざわざ茶封筒に入れたデッサン帳を返してくれました。
「先方は君の作品を褒めていたよ」
「合格ですか?」
「うん、合格。ぜひ君に頼みたいと。ただ、条件があってね」
「――条件?」
「君は作品の守秘義務を負えるかな。依頼の秘密を守れるかな?」
「守秘義務・・阿川さん、これやばいバイトですか」私は声をひそめました。
笑い声こそ上げませんでしたが、破顔させた阿川さんは、不安げに顔を曇らせる私の心配を手で振り払い言いました。
「ごめん、脅かすつもりはなかった。内緒にしてくれということ」
「君、パソコンあるかい?」
「はい…」
「その封筒の中にメモリーが入っているから、部屋に帰ったら見てみて。画像が入っているからそれを参考にして、君が好きなようにデッサン画を描いて欲しい」
「――デッサンですか?」
「そう。一枚でいい。先方は出来の良し悪しを問わず、謝礼は必ずする。もし嫌だったら断ってもいいけれど、私からすれば勿体ない話だと思う。君ならいい絵が描ける。私の目に狂いはない」
自信たっぷりな阿川さんの褒め言葉に、照れ隠しのように頭を掻いた私は、嬉しさと不安な気持ちに駆られたことを覚えています。

もしあの時、阿川さんの依頼を断っていたら…私は全く別の人生を歩んでいたことでしょう。想像すら出来ない世界が私を待っていることなど、その時は知る由もありませんでした。

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レクターちゃん 6話


自分を一般的な、健康的な人間だと認めることは、なんだか自分をつまらなくさせるような気がしていました。それはあの年齢にはありがちな思いかもしれませんが、恐れ多くも芸術家のたまごを自認していた私は、或る種、非日常的なこと異質なことに特別なものを感じていました。
芸術がすべからく目指すものは美しさで、つねに絶対的な普遍の美を追い求めることが、芸術家の本懐かもしれません。完璧な女性像の造形美は、誰もがその美しさを認めるものですが、不均衡から生み出される不思議な造形美、不足の美に惹かれていました。そんな私の前に忽然と現れた、妖しくアンバランス少年・・・

自分の希求する世界の本質を紙の上に表現することが可能ならば、その世界を自分の意のままになし得ることになる。私は画像の少年との関係を妄想し甘美な世界に足を踏み入れていました。
すべての画像を正確に写し取っては少年の骨肉を身体の部位ごとに描きだし、自分の願望をデッサン人形にとらせた姿勢に嵌め込んでいきました。それは少年と私のセクシャルな体験でした。

しかし愚かな遊戯の枠からはみ出すことのないその体験も、湧き上がる欲望の歯止めにはなりえませんでした。
まともな恋愛経験もない私は、同性愛者ではないと自覚はしていましたが、少年の肌合い、体温、呼吸、そして興奮、そのすべてを直に触れ感じ取ることの欲求を抑えることができませんでした。
私は密かな想いを描きためたデッサン帳を、あの少年、阿川さんに見せる機会を探っていました。


その日がくることはわかっていました。

学祭の喧騒がまだ残るキャンパスを色づいた樹木が秋色に染めた晩秋の頃でした。
「やあ、藍澤君」
忘れることのない声に歩を止めた先に、笑みを浮かべた阿川さんが立っていました。
「あっ阿川さん、こんにちは。その節は大変お世話になりました。お気遣いありがとうございます」
「いやこちらこそ。しばらく制作に没頭できましたか?」
「はい。十分に助かりました」
過分な報酬を支払ってくれた絵の依頼人に感謝していた私は頭を何度も下げました。
「それはよかった。気には掛けていましたが、安心しました」
この機会を逃せば、胸に迫る想いを告げることは二度とないことは分かっていました。
「――阿川さん…言いにくいことですが、あなたに見てもらいたい作品があります」
「私にですか?」
「はい…」
縋るように頷いた私に、思案した阿川さんの口から出た言葉は、私の切迫した気持ちに応えてくれるものでした。
「そうですね…それでは私の部屋に来ませんか?」

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レクターちゃん 7話


生まれてはじめて知った、引き寄せられた強烈な絶頂の余韻が残るなか、ベッドを降りた阿川さんを私は目で追いました。ベッドの脇に立つ猫脚の香台に置かれた香炉に火を点し、背を向け部屋着を脱ぐと、クロゼットの中から膝丈の羽衣を取り出し素肌にはおり、腰紐を締めました。一瞬視線に捉えた尻臀を包む下着が艶めかしく見えました。

青磁の香炉から揺らぎ立つ香木のかぐわしい香りが、羽衣に着替えた阿川さんの隠していた妖艶な趣を惹き立てます。
晩秋を感じさせるピンクの山茶花が咲き誇る羽衣姿が、画像の少年の姿に重なります。
あの日から私を惑わし乱し続けた妖艶な少年が、今まさに私の手の触れるところに立ち、私が望み求めた世界へと誘う。それが現実になったことの嬉しさが全身から噴出していたのでしょう、阿川さんの媚態を帯びた微笑が、そんな私に応えてくれました。
阿川さんのなかに生まれた色香に心が捉えられ、夜の香の揺らぎを映す潤んだ瞳の中に意識までもが吸い込まれていくように感じました。

身体を起こした私は、ベッドの淵に斜めに腰を下ろした阿川さんににじり寄り、艶のある髪に触れ、腕をまわし抱き寄せました。柔らかな頬を愛おしみ、言葉にならない声を漏らす唇を塞ぎます。
羽織の懐に手を潜らせ、乳首の先を引っ掻き、肌理の細かい肌が緊張するのが分かります。括れた腰に腕をまわし、たおやかな腿を撫で上げ、大きく割れた裳裾から覗く光沢のある真っ白な下着が私を誘惑します。
じれたように腰紐を解き、肌蹴た胸で上下する小さな乳首を口にふくみ吸いました。阿川さんは、「うっと」呻き細い首を倒し、私は鎖骨、首筋、顎に唇を這わせ、もう一度唇を重ねました。すべてを委ねたように力をなくした阿川さんが、私の腕の中にある悦びに震えます。

脇腹から腰へ舐めるように撫で下ろし、触れた下着の滑らかな肌触りが私を酔わせます。下着に隠された滾る熱の塊が脳を溶解させ、艶めく阿川さんの吐息が揺さぶります。
染み出した情欲の滴りが指先を濡らし、耳元で囁いた願いに恥ずかしそうに頷いた阿川さんは腰を少し浮かせ、私は丸めた下着を脱がせました。

夢にまで描いた阿川さんの性器に息をのみました。あきらかに手入れを施した股間に生える性器は、蜜で濡れそぼつ、可憐な百合の蕾のようでした。私は同性の性器の美しさをはじめて知りました。
尖った蕾は私の手の中で開花していきました。敏感な括れに指を絡め、きわどく切ない呻きを漏らした阿川さんは、私の首にかじりつき、むさぼるように唇を吸い、降り出した淫雨の雫が二人だけの夜を濡らします。

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