夜のお伽噺

アルのオリジナル小説置き場です

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鎮魂歌 前編


連休前の事務所に届いた、加納大輔からの葉書を手にした三枝裕之は、仕事場の住所が、どうして分かったのか不思議だったが、印刷された閉店の挨拶文に、店じまいする前に、どうしても一度会いたいと書き添えられた、見覚えのある加納の癖のある文字に、三枝の胸中は、懐かしさよりも、複雑な思いに支配された。
あれから、どのくらい経ったのだろう。あの頃のことは思い出の片隅に仕舞いこめるほどの歳月は過ぎていたが、加納大輔という名前に、いまだに心をざわつかせている自分がいることを三枝は認めるしかなかった。
三枝は加納からの葉書を玄関脇の下駄箱の上に他の郵便物と重ねて無造作に置き、葉書の存在を視界から遠ざけていたが、カレンダーが一枚捲られ、連休が過ぎ、加納の店の閉店が、日一日と差し迫ってくると、この機を逃すと、もう二度と加納とは会えないような、虫の知らせにも似た、妙な気分に襲われ始めていた。

しばらくぶりに降りた、中央線立川駅は都心のターミナルのようで、話には聞いてはいたが、駅前の変貌は、隔世の感があった。果たして店までたどり着けるだろうか、浦島太郎になった三枝は記憶の断片を繋ぎ合わせ、夜の繁華街の雑踏に迷って入った。
外壁こそ新しくなっていたが、見覚えのある雑居ビルの入り口に並んだ看板に、懐かしい店名を見つけ安堵した三枝は、年季の入ったエレベーターのボタンを押した。
まるで昭和に戻ったようなフロアーは、覚えのある店のほとんどが店名を変えてはいたが、狭い通路の一番奥に突き出た、加納の手彫りの看板は開店当時のままだった。

加納の店には開店祝いに、一度だけ顔を出したことしかなかった。客のほとんどは、地元で加納と繋がりのある者ばかりで、よそ者の三枝には、余り居心地のいいものではなかった。加納も不慣れから手を休める暇もなく、三枝は早々に引き上げた覚えがあった。
重ねて塗ったニスがひび割れ、タバコの脂で黄ばんだレースで目隠しされたガラス格子のドアの隙間から中を覗き込み、そっとドアを開けた。あの頃から時が止まったような薄暗い店内に立ち竦む三枝に、二人の男が同時に顔を向け、声を上げた。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃい・・おう、三枝、よく来てくれた」
加納は、三枝の顔を覚えていた。カウンターの止まり木に腰掛けていた、加納と同じエプロンをした青年が三枝の名前を聞いて、驚いたように目を見張り、慌てて立ち上がると三枝に席を勧めた。

「しばらくぶりだな」
「本当にしばらくぶりですね。十年近くになりますか・・」
「いや、もっとだ。この店を始めて今年で十八年になるから。三枝、見ないうちに、ずいぶんオヤジになったな」
「加納さん、それはお互い様でしょう。店はあの頃と変わりませんが、加納さんだって人のことは言えませんよ」
もともと若白髪だった加納は、今では綺麗な白髪を後に撫で付けていた。
「ウィスキーでいいかな?」
「ええ」
カウンターに並べた二つのグラスに、加納は慣れた手つきで氷を砕き、琥珀色の液体を注ぎ、二人はグラスを小さくぶつけて、しばらくぶりの再会を祝った。年代物のステレオからは、加納の好きだったオーティスが流れていた。
「今もオーティスですか?」
「そうさ。色々浮気はしたが、後にも先にもオーティスしかいない。そう言えば、三枝はオーティスが嫌いだったよな?」
「良く覚えていますね」
「ああ、覚えているさ。あの頃酔っ払うと、お前、必ず絡んできたからな。この声のどこがいいんだって、今でも嫌いかい?」
「まあ、肌に合わないだけです」
「三枝、上手いこと言うようになったな。成長したな」
いい歳の取り方をしたのだろう、加納の笑顔は昔のままだった。

「加納さん、私の住所がよく分かりましたね?」
「何時だったか、新宿で小枝子にばったり会ってな。あいつも小母さんになってたけど、すぐに分かったよ。あの頃の面影が残っていたから。年頃の娘を連れて買い物の最中だった。昔の小枝子に似て綺麗な子だったよ。娘がいたから、お互い当たり障りのないことを立ち話したけれど、お前の話しになって」
「そうでしたか。小枝子さんでしたか・・もう、ずいぶん前ですが、板橋にある事務所の近所の商店街で、偶然会ったことがありました。実家が近くにあるって言ってました。そう言えば、一度仕事場に遊びに来ましたよ。固い職業の会社員と結婚したって、幸せそうでした。三枝君は相変わらずなのって言うから、応えようがなくて、笑って誤魔化しましたよ」
加納は三枝から視線を逸らし、意味ありげに小さく頷き、グラスを口にした。


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鎮魂歌 後編


泡沫な夢の世に、派手な酒盛りに明け暮れ、狂喜乱舞した者たちが、並のことでは飽き足らず、強い刺激を求めては、妄動に耽っていた。
老いも若きも、男も女も・・



三枝は加納と小枝子に、隠していた男色を吐露する羽目にはなったが、二人は三枝を蔑むことなく、三枝を後ろめたい気持ちにさせるようなことはなかった。
三枝は加納と同じ秘密を共有したことが嬉しかった。加納との関係が密になったことに悦びを感じていた。
そんな三枝のことを人伝に聞いてきた男たちが、三枝との倒錯行為を求め、三枝はサディスティックな男を演じていた。その一方で、当たり前のことだが、決して自分に振り向くことの無い加納に、三枝は募る苛立ちを跪く男たちにぶつけていた。

その日、その場だけの男たちとの関係は、身体の飢渇は潤ったが、心の葛藤は解かれることはなかった。三枝が手を染めてから、一度たりとも金銭が絡んだ縁はなかったが、愛情が入り込める隙間もなかった。
日増しに膨らむ無力感とマゾヒズムとサディズムの表裏一体の関係が、三枝の神経をすり減らしていった。どちらが被虐者で、どちらが加虐者なのか、誰にも相談できることではなかった。
異常なほど我侭なマゾスティックな男に、今で言うストーカー行為を受けたことも一因だったが、絶望の淵に立たされた三枝は、男たちと関係をすべて清算した。
所詮、俄かサド男だったことを悟った三枝に、追い討ちをかけるようにバブルが弾け、加納との関係もバンドの仕事も、すべて泡と消えていった。

その後、加納は音楽の仕事から足を洗ったが、幼少の時からピアノ以外に取り柄がなく、不器用な三枝は音楽の世界にしがみ付くしかなかった。
加納が店を開いたことを知ったのは、三枝が音楽事務所をたちあげ、しばらくしてからだった。音楽事務所と言えば聞えはいいが、結婚式の演奏依頼を引き受けたり、以前のバンド仲間のよしみで、写譜や編曲を手伝ったり、はたまた近所の小学生のピアノ講師を務めたり、三枝一人だけの個人事務所だった。


三枝の空けたグラスに、青年の腕が脇から伸び、グラスを取った青年の白魚のような細く長い手指に魅せられた、三枝のさもしい本能が反応し、何気ない風をよそおい青年の顔を見上げた。見るからに柔らかそうな、額に掛かる黒髪が、透き通るような白磁の肌を引き立たせ、上品な目鼻立ちを三枝に向け破顔させた。
同じ色を持つ者同士が見せる、暗黙のサインにも似た美青年の笑みは、初対面の三枝の人となりを知っているかのようだった。
青年から自分と同じ色を嗅ぎ取るとは、三枝は言葉にできない驚きをのみ込んだ。なぜこの青年が、加納の店を手伝っているのか、卑しい性が加納との関係を訝り、年甲斐もない愚かな嫉妬心が頭を擡げ、いまだに加納のことを忘れられない自分を認めざるをえなかった。
店の子を前にして、戸惑いの表情を浮かべる三枝に気付き、今更ながら三枝の苦悩を思い知らされた加納は、氷が解けたグラスを静に置き、言葉を選ぶように再会の本題を口にした。

「三枝・・葉書に書いたように、今月でこの店を畳むことにしたよ。実は二年前に、心臓で倒れて、夜の商売がきつくなった。ワイフと相談して、ワイフの実家の静岡に移ることを決めたよ」
「そうでしたか・・」
加納が倒れたことはもちろんだが、結婚していたことさえ、三枝は知らなかった。
「それでだ、その前に、どうしても三枝に謝りたくて・・」
「私に謝る?」
「ここに居る南雲君から・・」
「初めまして、南雲と言います。三枝さんのブログを拝読させてもらっています」
「私のブログを!」
予想もしていなかった成り行きに三枝は色を失った。まさか、加納が三枝を呼び出した理由は、三枝の世を忍んだブログ絡みのことだったとは思いもよらなかった。浮き足立つ三枝に、加納はうろたえ、急いで言葉を繋いだ。
「三枝、勘違いせんでくれ、頼む、話を聞いてくれ」
「この子が贔屓にしているブログに書かれていることが、以前俺から聞かされた話に似ていると教えられて。読んでみると、確かにあの頃の俺たちのことのようでもあった」
「全くの偶然だろうと、気にもしなかった。でもペンネームを見て、三枝の憧れていたピアニストの名前だと、すぐに気が付いて・・」
「俺はとんでもないことをしてしまった・・」

加納の口調は、三枝を問い詰めているものではなかった。ブログは誰が見ても、実在の人物を連想させるものはなく、何より昔話を揶揄するブログではないことを加納は理解していた。華やかだったバンド時代の回想の裏で、秘めた憧れを口に出せない、もどかしさと辛さに苛まれていた男の悲哀が綴られ、最後までサド男に徹することができなかった男の、関係した者たちへの懺悔の述懐が加納の胸を締め付けていた。


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